愛しきかやてつ

かやてつの魅力すべてがここに

丹後ちりめんが、隆盛を極めた明治〜大正の頃。現在「ちりめん街道」と呼ばれる与謝野町加悦地区の旧街道は、人や物を繋ぐ商業都市の拠点として大勢の人たちが行き交い、大層にぎわっていたという。商いは盛んになるのに、運輸機関がなかった当時、ちりめん業者が中心になって鉄道設置の運動が起こった。その結果、大正14年に町民823名の手によって設立、整備され、丹後山田(現与謝野駅)〜加悦の5.7㎞を、蒸気機関車が結ぶ。それが加悦鉄道だ。しかし、自動車など交通網の普及などによって、昭和60年にその歴史の幕を閉じた。与謝野町に静かに佇む木造の駅舎は現在「加悦鉄道資料館」として、当時の華やかな時代を今に伝えている。「加悦SL広場」では、加悦鉄道2号気関車(123号蒸気機関車、国指定重要文化財)の勇姿を見ることも。与謝野町の歴史を彩る、もう一つの主役「かやてつ」。ここへ来て、ありし日の面影を辿ってみたい。

「加悦鉄道資料館」として使われている旧加悦鉄道加悦駅舎は、白い壁と赤と緑の瓦が印象的なモダンな洋風建築。周辺の民家がカヤ葺き屋根の時代、一際、存在感を放ったはず。平成になって、建物の曳き移転と修理が行われ、今日の姿になった。駅舎前の腕木式信号機や赤いポストがトレードマーク。「日本の駅100選」にも選ばれている。

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⒈通票閉塞器を備えた駅事務所。加悦鉄道で実際に使われていた備品類、灯火類、保線工具などが展示されている。ここで木のベンチに座り、だるまストーブの前にいると、汽笛が聞こえ、今にも駅に汽車が入ってきそうな感覚に。2.当時使われていた運賃表。丹後山田駅で、国鉄宮津線に連絡した。大正15年、加悦駅から大阪へは4円75銭、東京までの運賃は13円15銭だった。現在のお米90㎏(⒈5俵)に相当する価値。60年間で、旅客⒉350万人、貨物120万tを運んだ。

国道176号線沿いにある「加悦SL広場」には、加悦鉄道で297,800㎞走行した123号蒸気機関車や、小型ディーゼル機関車のDB201形機関車など計27車両が展示されている。実際に乗ることができたり、触ったりできて楽しい。手動式の転車台などもあり、イベントなどでは実際にSLを乗せて動かすことも。国鉄から買い受けた客車を改造して使い、また、マッチ箱と呼ばれる客車など、希少で珍しい車両を多数保有していたことで、ファンも多い。

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⒈展示されている列車に、実際に乗車!木製の昔ながらのシートの座り心地を試したり、運転室でハンドルを握ったりすると、走っていた時のイメージが膨らみ、童心に帰る…。2.3.123号蒸気機関車の丸窓を持った運転室。明治6年にイギリスで製造され日本に輸入された日本で2番目に古いSLとか。大阪〜神戸間を走った後、加悦鉄道にきた。4.珍しいラッセル車。

鉱山駅の西にある大江山の麓で、ニッケル鉱石が発見され、岩滝の精錬工場までの専用線も開設された。戦後、ニッケルの採掘は中止になり、昭和60年の国鉄のダイヤ改正で宮津線の貨物輸送が廃止され、同年に「加悦鉄」の全線が廃止された。この煙突はニッケル鉱山の痕跡。