伝統を守り継ぐ 福知山市夜久野町の〝丹波漆〟

山と生きる

伝統を守り継ぐ 福知山市夜久野町の〝丹波漆〟

 日本では縄文時代から人々の生活の中で使われてきたという「漆」。その数少ない国内産地の一つが福知山市夜久野町にある。「丹波漆」(たんばうるし)と呼ばれる夜久野の漆は、わずか数人の漆掻き(うるしかき)職人によって生産され、その技術は京都府の無形民俗文化財に指定されている。安価な海外産の漆の増加や合成塗料の発達などで国内の産地が衰退する中、漆掻き職人でつくるNPO法人丹波漆では伝統の技術を守り継ぐため、職人らがウルシの木の植栽や後継者育成などに取り組む。

1300年以上の歴史

1300年以上の歴史
丹波漆が塗られた漆器

 漆の技術と産地が記載された1907(明治40)年発行の「実用漆工術」には全国の漆の産地として30カ所が記され、そのうちの一つに「丹波」の名がある。漆の産地として、当時の丹波といえば夜久野町周辺を指し、由良川流域で採れた良質の漆が「丹波漆」と呼ばれていた。また、奈良時代の書物にも朝廷に税金として丹波の漆が納められていたとの記載があることから、少なくとも1300年以上前からこの地で漆が生産されてきたことになる。江戸時代には福知山藩の殖産政策で漆の木の育成が義務付けられるほど丹波漆は大切に守られ、明治期には夜久野とその周辺で約500人の漆掻き職人がいたとされている。

植林や後継者育成に取り組むNPO

 国内使用量の98%を占めるという安価な中国産漆の輸入増加で国内の漆産業が衰退する中、夜久野では一時期、漆掻き職人が途絶えそうになったことがあった。それを復活させたのが衣川光治さん(故人)という一人の男性。1948(昭和23)年、衣川さんは「丹波漆生産組合」を立ち上げ、苗木の育成から植林など、現在の丹波漆の基礎を築いた。

 その技術を仲間が継承し、2012年4月には職人の一人だった岡本嘉明さんがNPO法人丹波漆を設立。ウルシの植林と後継者育成、丹波漆のPRの3つを事業の柱とした活動を推進し、現在は理事長の高橋治子さんら4人の漆掻き職人が、丹波漆を次の世代に引き継ぐ活動を続けている。

1本から採れる漆はわずか200グラム

1本から採れる漆はわずか200グラム
漆掻きの工程。ウルシの荒皮をはぎ(写真上)、幹に傷をつけ(同中)、流れ出る樹液をヘラですくい取る

 漆はウルシの木から採取した樹液で、空気中の酸素を取り込んで硬化する特性を生かして漆器や仏具、神社仏閣などの塗料や接着剤として使われている。

 夜久野で漆掻きが行われるのは6月初旬から9月末まで。皮むきカマでウルシの木の荒皮をはぎ、カンナと呼ばれる刃物で幹に傷をつけると、乳白色の樹液が流れ出てくる。これをヘラで素早くすくい取り、筒に入れる。

 木への負担を減らすため、最初は1センチの傷をつけるところから始まり、傷の長さを数センチずつ広げていく。作業は平均5日に1回のペースで行い、1本あたり25回の傷をつけるのだという。

 漆は収穫する時期によって「初漆」「盛り漆」「遅漆」と呼ばれる。初漆と遅漆は水分量が多く、盛り漆は水分量が比較的少なくて主成分のウルシオールの含有率が高い。丹波漆は透明感が高くて塗った時の伸びの良さが特長とされている。

 採取したばかりの樹液は樹皮やゴミなどが含まれているため「荒味漆(あらみうるし)」と呼ばれ、これに綿を混ぜて遠心分離機で濾(こ)したものが「生漆(きうるし)」となる。塗料として使うには精製が必要で、生漆を攪拌(かくはん)して成分を均質にする「ナヤシ」、攪拌しながら加熱して水分を蒸発させる「クロメ」、不純物を取るためクロメが終わった漆に綿を加えて攪拌して遠心分離機で絞る「濾過」の工程を経て、透明度のある漆が出来上がる。よく黒や赤の漆器を目にすることがあるが、生漆に鉄粉を加えて反応させクロメを行ったものが漆黒の「黒漆」、顔料を加えて赤や白に色付けしたものは「色漆」と呼ばれる。

 漆掻きは10~15年間育てられたウルシの木で行い、1本から採れる漆はわずか200グラム。NPO法人では資源を守るため毎年10本程度に制限し、1シーズンに収穫できる漆は3~5キログラムにとどまる。

漆掻き技術の継承を

漆掻き技術の継承を
NPO法人の理事長として丹波漆の保存活動を続ける高橋さん

 NPO法人では、丹波漆の活動を知って夜久野に移住し、漆掻き職人となった山内耕祐さんが、ウルシの植栽作業や自生するウルシを残すための本数管理など、活動全体をコーディネートしている。

 現在、NPO法人は年間100本を目標に植栽を行っているが、鹿による食害に遭うことも。これまでに1900本を植えたが、順調に育っているのは1300本ほどといい、山内さんは「資源がなければ漆掻きはできない。まずは植栽を安定させることが第一の課題」と話す。

 また、後継者育成も課題の一つ。関西で漆掻きの技術継承の活動をしているのは丹波漆だけといい、高橋さんは「漆掻きを途絶えさせないため衣川さんや岡本さんが立ち上がってくれたおかげで今がある」と感謝し、山内さんは「夜久野から漆掻きという伝統をなくさないよう、これからもNPO法人の活動に貢献していきたい」と話している。

NPO法人丹波漆

丹波漆のPR施設 やくの木と漆の館

丹波漆のPR施設 やくの木と漆の館

 一方、福知山市夜久野町平野の道の駅「農匠の郷やくの」近くには、丹波漆のPR施設として福知山市が運営する「やくの木と漆の館」があり、漆器など漆製品の販売のほか漆塗りの体験もできる。

漆塗り製品を販売

漆塗り製品を販売
漆掻きの道具などを展示する資料室(写真上)と、漆製品の販売コーナー

 館内の資料室では漆掻きの道具や技術、漆塗りの工程に加え、丹波漆を復興した衣川さんを紹介。漆塗り職人でもある施設のスタッフが製造した箸やスプーン、椀、皿、弁当箱など漆塗り製品のショップもある。近年は丹波漆を使った新商品開発のプロジェクトにも取り組んでおり、ブローチやイヤリング、ブレスレットなどのアクセサリーも。ウルシの木の芯をチップにして煮出した液体を染料にした染め物もあり、カーキに染めたストールやコースター、トートバッグなどを販売している。

漆塗り体験も

漆塗り体験も
髙島さん(左)に教わりながら漆塗りを体験する利用者

 さまざまな漆塗りの体験も用意されている。「漆塗り教室」(1回1570円~)は好みの木製の器などを持ち込んで漆を塗るもので、作業は1週間に1回程度、完成には3カ月~半年ほどかかるが、こだわりの漆塗りを完成させようと京阪神から通う人もいるという。
 
 また、器に漆で絵を描いて金粉をまぶす「蒔絵教室」、欠けた陶器やガラスを漆で直す「金継ぎ教室」は、いずれも月2回開催されており、料金は1回3850円。蒔絵教室は複数回通って豪華な作品を作ることができ、金継ぎ教室も回数を重ねながら自分のペースで作業が行える。
 
 色の付いた漆で器に模様を付ける「絵付け教室」(大人830円、器代別)のほか蒔絵教室や金継ぎ教室は1回で完成するコースもあり、手軽に体験したい人にお勧め。同施設の髙島麻奈美さんは「漆を知らない方も増えてきている。漆の器に触れ、良さを感じてほしい」と願っている。

やくの木と漆の館

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