人類が最初に栽培を始めた植物の一つとも言われるオリーブは「幸せを呼ぶ木」として古くから重宝されてきた。そんなオリーブの畑が日本三景のまち、京都府宮津市で広がっている。新たな特産品にしようと10年前から栽培が始まったもので、その畑の多くは耕作放棄地を活用。農地の再生につながっており、日本海側の産地としての基盤が整ってきた。
幸せを呼ぶオリーブ畑 京都・宮津に広がる
山と生きる

地中海沿岸を原産地とするオリーブ。国内では瀬戸内海に浮かぶ小豆島が最大の産地だが、2008(平成20)年ごろから九州を中心に新たな栽培が始まった。現在では約30の地域・自治体に広がり、国内の生産量は果実ベースで395㌧まで増加した。
オリーブといえば多くの人はオリーブオイルの原料としての用途を思い浮かべるが、それだけではない。オイル以外にも実の塩漬けや葉を使った茶などの食品、せっけん、化粧水、クリームなど健康を意識した商品へ加工できるなど裾野は広く、6次産業化を進める上で魅力のある品目だ。
産業化へ2013年に栽培始まる
宮津市ではこうした特性を踏まえ、オリーブの産業化とともに地域に新たな雇用を生み出そうと2013年、市を挙げて栽培を開始。由良地区などに苗木300本を植え、地元農家でつくる「育てる会」が実証栽培を開始した。
2016年には同地区に搾油機を備えた念願の加工場が完成。現在では市内各地に栽培が広がり、植栽本数は約5千本にまで増えた。45人の農家が9つの地域で栽培しており、由良、栗田脇、府中での取り組みは耕作放棄地の再生にも貢献。オリーブ産地として一定の生産基盤が整ってきた。
オリーブに魅せられ就農
地元農家にとどまらず、オリーブの魅力に引かれて新規就農し、栽培に励む移住者の姿もみられる。「㈱京都宮津オリーブ」(宮津市波路)の安田裕美さんは2018年、京都市内から宮津に移り住んだ。2人の子どもが就職したのを機に、憧れていた田舎生活を実現させた。
移住希望者を対象にしたツアーに参加したのがきっかけ。立ち寄った由良地区で初めて宮津のオリーブに触れた。もともと飲食に携わる仕事をしていた安田さん。「自然環境の良さと食べ物のおいしさに魅かれ、移住を決めました」と振り返る。
オリーブの会社設立

移ってきてから由良地区の生産団体に入ってオリーブの栽培に励む。しかし、ボランティアでの作業も多く、農家の高齢化、耕作放棄地の増加など田舎の窮状を目の当たりにした。そこで一念発起し2021年4月、出会った若手3人と「京都宮津オリーブ」を立ち上げた。栽培から加工、販売までを手掛ける市内初のオリーブの会社だった。
本場イタリアで栽培技術学ぶ

覚悟を決め、自らイタリアに渡って本場の栽培技術も習得した。イタリア中部にあるトスカーナの農園で約40日間、余分な枝を落とす「剪定(せんてい)」を学ぶ。日当たりや風通しを良くして病気や害虫を防ぐもので、オリーブの木を健やかに成長させるには欠かせない技術だ。

現在、耕作放棄地を開墾した同市国分などの畑で約300本の木を管理する。完成した宮津産オリーブオイルは、柔らかな口当たりで優しい味。都市部への拡販を進めており、京都市内の有名な5つ星ホテルにも納入している。
また、天然素材を使って石けんを製造する地元の会社と「オーガニックオリーブ石鹸」も商品化。イベントなどで売り込んでオリーブのまち京都・宮津をPRしている。
安田さんは、「これからも耕作放棄地での栽培を進めて地域課題の解決につなげたい。若い農業者が食べていける環境をつくり、美しい自然と風景を守っていけたら」と話す。
日本三景望むオリーブ園
一方、大阪から宮津の府中地区に移り、オリーブ栽培に励む夫婦がいる。「MAEDA OLIVE FARM」(宮津市中野)を営む前田純さんと直子さん。2020年、直子さんの実家がある宮津に家族で移り住み、オリーブ農家になった。
山口県長門市で育った純さんが、同じ日本海側の港町の宮津に愛着を持つことは自然なことだった。退職した義父が荒れた農地を耕し、オリーブを植えている姿を見て自分も興味を持つようになったという。
最高の景色で仕事を
同市中野の耕作放棄地を開墾していくうちに、天橋立が一望できる場所になった。日本三景を望むオリーブ畑が誕生した瞬間だ。電気通信技術者だった純さんは「最高の景色。ここで仕事ができたら」と感動し、オリーブ農家になることを決意した。
開墾作業はきつい仕事だった。しかし、荒れた農地がきれいに整えられていくにつれ、地域の住民が喜んでくれた。「近所の農家さんや地域の方たちがたくさん教えてくれました」(純さん)。今では多くの耕作放棄地を任されるようになり、約2㌶の畑で600本余りのオリーブを育てている。
農園にオーナー制度導入
そんな前田さんの農園では、オリーブの木の所有者になれるオーナー制度を導入。入会費は1万円(個人)で期間は3年間。期間中はオリーブ石けんなどのギフトが贈られるほか、一緒に収穫をしたり、農作業をしたりするなどの農業体験も特典につく。
多くの人に宮津のオリーブを知ってもらい、絶景の農園を応援してもらおうとオーナー制度を導入した。会費はオリーブの栽培や農園の管理費に充てている。現在、地元を中心に約120人が会員になっている。
夢は観光農園

天橋立が一望できるオリーブ畑。その景観を生かし、ヨガ体験など様々なイベントも企画。夢は加工場をつくり、散策や収穫体験ができる観光農園だ。
「100%宮津産のオリーブオイルを作り、世界に打って出たい」と話す純さん。観光農園への思いを問うと、「府中地区全体を盛り上げたいという気持ちがある。人が行き交う新しい観光地になり、地域が元気になれば」と語ってくれた。
オリーブの花言葉は「平和」や「安らぎ」で、幸福をもたらす木として世界中の人に重宝されてきた。京都北部の観光都市でのオリーブ栽培は、これから充実期に入る。地域を思う若い農家のエネルギーが、まちに幸福をもたらそうとしている。