ワインのように 野菜を語ろう

山と生きる

ワインのように 野菜を語ろう

3月31日 ツバメが初飛来。
4月15日 ヒバリが初鳴きした。

京丹後市弥栄町の農家、梅本修さん(57)は分厚い手帳に四季の変化を書き留める。山の木々に花が咲いた日や、日本海から海鳴りが響いてきた日、渡りの鳥がやってきた日・・・。自然の中で生きる本能は、物言わぬ野菜の「声」を聞く手がかりになるのだという。

答えは、自然の中にある

答えは、自然の中にある
手帳には四季の移ろいが書き込まれている

「野」の「菜」と書くように、野菜は元々野山の植物。裏山の木の葉が反って丸くなっていたとしよう。これは気孔を閉じて水分を閉じ込めようとしている姿だ。畑の野菜も乾いているから、ここで水をやると土の養分と一緒にぐんぐん吸い上げる。ハウス栽培でも雨が降る日に水をまく。湿気を感じて根っこを伸ばし、水を吸い上げようと準備しているからだ。

種まきや苗植えに重要なのは土の温度。冬が厳しい時は早く植え、暖冬であれば遅くする。気候は毎年違うから、カレンダー通りに動くと間違える。だから梅本さんは自然に答えを求める。春はコブシの花が咲いたら田を起こし、フジが開花すれば夏野菜を植え付ける。秋に見るのは山桜。一番早く紅葉し、冬支度を始めるからだ。

山の木をみて乾きを感じ、咲く花の移り変わりで土の温度を知る。
野菜の育て方は、自然が教えてくれているのだ。

梅本修さん。自然に学ぶ農業を実践している

自然に学ぶ農業を始めて15年。
脱サラした原点には幼少期の体験がある。山の向こう側の宮津市下世屋に祖父が住んでいた。父の転勤で横浜に住んでいたが、夏休みは下世屋で過ごし、祖父について山や畑に入った。祖父は、遠くに望む「汐霧山」に三度雪がかかったら下世屋にも雪が降ると言っていた。その頃になると「でゃこ(大根)の漬物を終えんならんなぁ」というのが口癖だった。

神戸大学では土壌学を専攻したが、理由は「じゃんけんで負けたから」。バイオテクノロジーが日進していた時代。森の中の微生物の働きを学んで面白いなとは感じつつも、内心は「何の役に立つのだろう」と思っていた。インスタント食品の会社に就職し営業や宣伝を担ったが、子どもが生まれたのをきっかけに、就農先を探し始めた。紹介を受けたのは京丹後市弥栄町の国営農地。後継者不足を背景に森林を開発して近代農業を広げ、移住者を受け入れていた。

原点は、土壌学

原点は、土壌学
国営農地に日が沈む

京丹後市は700㌶もの野菜畑が広がる京都府最大の生産地。農家は出荷用と家庭用を分けて育てていた。梅本さんもそうだった。我が子が小学生になり、給食で使う野菜を出荷し始めた。家では無農薬の野菜を食べさせているのに、給食には見た目重視の出荷用を納める自分に気づいて、立ち止まった。農薬の散布をやめ、畑に油かすや鶏糞を混ぜて育ててみたが、病気が出て大失敗。有機農法の勉強会を巡っていると、母校の教授に出会った。「大学時代の研究こそ、今の自分に必要な実践でした」

畑で森の土づくり

畑で森の土づくり
落ち葉を拾い、畑に敷く。その中で野菜は芽吹く

「ここは森だったところ。森の畑をつくろう」。梅本さんは農場で「森の土」を作り始めた。軽トラに乗って妻明子さんと通ったのは河川敷。刈った後の草木を大量にもらい、それを農場の一角に積み上げた。森で枯れ葉も集めてくる。森で1㌢の腐葉土ができるのには100年近くかかる。耕地にはそれが20㌢は必要だから、自然界では2000年かかる。これを20年で作るつもりで働いた。

落ち葉と草は「宝の山」

落ち葉と草は「宝の山」
畑に集めた草と落ち葉。「宝の山」だ。

農場は草と落ち葉の集積場になった。地元の人たちに加え、遠くの河川敷で刈った草もダンプカーで年に100台分以上運び込まれる。公共工事で刈った草は行政的に「廃棄物」として扱われるが、梅本さんにとっては宝の山。森に入って落ち葉を集め、草を刈って軽トラックで運ぶ。そして、数年かけて熟成した土を畑に敷き詰める。畑仕事の大半は、土作りなのだ。

森の中ではあらゆる動植物が成長して死んでいく。死骸は微生物に分解されて生き物が育つ栄養素になる。それが雨や雪にしみこんで川となり、大雨の時には泥として河川敷にたまる。だから川の草木には、森で育った命が詰まっている。

野菜を育てる無数の命

野菜を育てる無数の命
熟成された土。1㌘に10億もの微生物がいる

「宝の山」を掘ってみた。ふっくらしていて温かく、森の匂いがする。梅本さんはそれを両手ですくって言った。「これが命の源だよ」

農場近くを流れる竹野川の源流には、内山のブナ林が広がる。多様な生物が長い年月の間に土となり、それが水に溶けて流れ下る。川の草木や森の落ち葉を畑に戻すことで、命は還る。それを畑に敷き詰めると、ミミズやカブトムシの幼虫がむしゃむしゃ食べて、いっぱいフンをする。そこには無数の微生物がすみ着き、枯れ草と落ち葉を食べて分解して腐葉土になる。

食は、自然とつながる入り口だ=イラストは梅本さん

山盛りの草木は10分の1ほどになるが、その土には1㌘に10億もの微生物がいるという。数え切れないほどの小さな命が畑を肥やし、野菜はそれを吸い上げて元気に育つ。私たちはそれをいただいて生きていく。

虫と共存 たくましく

虫と共存 たくましく
モンシロチョウの幼虫。外側の葉は彼らの餌だと思っている

肥料はほとんど入れない。「メタボになるから」。野菜は根から水と必要な栄養を取り込む。余分な肥料を与えなければ根を張り巡らせて生きようとする。植物本来の力を引き出すことで、病気に負けないたくましい野菜が育つのだという。だから農薬も使わない。キャベツにチョウの青虫がついても、少々は気にしない。生態系の中で、チョウにも役目があると思うから。仏の教えに「身土不二」(しんどふじ)という言葉がある。身体と土は一体。人も虫たちも土からできた植物を食べて大きくなる。時代が変わっても、変わらぬ真理である。

問い直す「常識」

問い直す「常識」
間引いたニンジンは葉っぱも食べる。チヂミやジェノベーゼがお勧め

農場には、農業を学ぶ人たちが集う。栽培の常識を根本から問い直す日々。遠方から中高校生も訪ねてくる。4年前から梅本農場で働く井上健吾さんは、大阪でシステムエンジニアをしていた。夜も昼もなく働く日々に疲れていた時、妻と梅本さんの畑を訪れた。間引いたニンジンは、葉っぱを食べると知って驚いた。口に入れるとセリの香りがした。「畑には『捨てる』ものがないのが新鮮でした」。太陽と一緒に働く生活に魅力を感じて移住を決めた。ここでは味噌も醬油も自分たちで作る。井上さんは「何でも手作りできる知恵を得る手応えがある。もっともっと学びたい」と話す。

夕暮れ。畑仕事を終えるとみんなで「気づき」を分かち合う。「トマト畑でクモが同じ場所に巣を張っていた」「しっぽが残ったカエルを見つけた」。研修生たちに、梅本さんは「もっとあるはずだよ」と問いかける。

技術の進化で消える本能

見ているようで見えていない。見ようとしても気づけない。

おてんとう様に豊作を祈った時代、日本人は山に咲く花や虫たちの営みを合図に作物を育てていた。それから100年余。テクノロジーが進化して生活が便利になるほどに動物としての本能は失われ、昔ながらの知恵は途絶えかけている。

もしも電気が止まったら、食べ物がカネで買えなくなったら、私たちは生きていけるのだろうか? 地球温暖化で日本は「災害列島」になった。新型コロナウイルスの混乱は続き、電力は需給のバランスが崩れたままで寒波のたびに停電寸前。このような「もしも」はもはや妄想とは言えない。

旬を届けるCafe

旬を届けるCafe

梅本さんは2020年、野菜の作業場の横にオーガニックカフェ「てんとうむしばたけ」をオープンさせた。野菜が「いま食べて」と言う時に収穫し、オーガニック料理の研究を続けるシェフが腕を振るう。「野菜を通じて、みんなに元気になってほしい」というのが、ここで働くみんなの願いだ。

Organic Cafe てんとうむしばたけ

Organic Cafe てんとうむしばたけ

土を語ろう。ワインのように

この思いが、どうやったら伝わるだろう。梅本さんはいま、育ててきた「土」に目を向けている。

ワインの名産地、フランスのブルゴーニュ産のワインにはボトルのラベルに畑の格付けが示されている。土壌の性質や斜面の方角、水はけや生産の歴史などが反映されていて、特級や1級の畑でとれたワインは希少価値が高くなる。テロワールと呼ぶ地域の個性はワインソムリエにとってワインの魅力を語る重要な要素なのだ。

同じように、梅本さんらが育てた土も語るに値するのではないか。森の恵みを畑に込めて、長い年月をかけて熟成させた腐葉土には、あらゆる命が詰まっている。そこで育つ元気な野菜をワインのように語る。そんな野菜のテロワールを発信してはどうか――。

収穫体験 始めます

収穫体験 始めます

コロナが落ち着いたら、収穫体験を始めようと思っている。インターネットで定期購入できるようにホームページも準備した。ただ、梅本さんは、遠方の人も一度は畑に来てほしいと思っている。「ここで採れる野菜がなぜ元気なのか、この土に触れたら分かるはずだから」。
つくる人とたべる人。
新たな結びつきが、森の畑で生まれようとしている。

梅本農場 森の野菜セット

梅本農場 森の野菜セット

問い合わせはOrganic Cafe てんとうむしばたけ(0772-60-8673)。京都府京丹後市弥栄町黒部441。

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