里山ブナ林が育てる生態系

山と生きる

里山ブナ林が育てる生態系

このコーナーを読んで一番驚くのは、地元の人たちかもしれない。

過疎化が進む丹後。都市化が進まなかった分だけ人と野鳥の距離が近く、全国の野鳥の愛好家も驚くほど多様性に富んでいる理由は「響け恋の歌 野鳥と友達になる旅を」で紹介してきた通りだ。地元の人たちにとっては山から鳥の声がするのが当たり前で、鳥の正体を調べる機会がない。昔は小学校の遠足が山登りだったが、今は遠足そのものがなくなった。森に入る人が減り、里山は荒れていく。しかし、この多様な生態系は、山里で生きる人たちが暮らしの中で守り育ててきたものだ。それが分かる場所がある。

色づくブナの森

色づくブナの森
紅葉に彩られた京丹後市大宮町の五十河地区=2017年11月、中川圭さん撮影

奥丹後に向かって伸びる山々。高尾山から鼓ケ岳にかけての斜面にはブナの純林が広がっている。ブナは標高600㍍以上の寒冷地に分布するが、丹後半島では450㍍あたりから見られるようになる。理由の一つとされるのが冬の気候。偏西風に運ばれたシベリアからの寒気が丹後の山々に当たって冷やされるため、標高は200㍍近く低くても高地に近い気温になるというわけだ。

もう一つは夏の霧。海や川からの水蒸気が風に乗って山を上り、冷やされてできた霧が植物をぬらし、乾く時に熱を奪う。天然の冷却装置が働いて真夏も涼しいから冷温帯に近い気候になるのだという。京都府南丹市美山町にある芦生の森は秘境の地。丹後のブナ林は、山里の人たちが「木こり」をしながら管理してきた里山だ。

山は生活資源だった

山は生活資源だった
写真に残る丹後の山里(深町加津枝・京大准教授提供)

電気やガスが普及する「エネルギー革命」が起きるまで、日本の山はエネルギーの源だった。かまども風呂も薪で沸かしていた時代。人々は近くの山で柴刈りをして、山里では炭を焼いて現金収入を得ていた。丹後半島の山あいにある京丹後市大宮町の五十河地区。地元で生まれ育った田上秀明さん(65)は「私が子どものころは雪が降ると周りの山がゲレンデのようになった」と話す。雑木は薪にするために伐採され、たき付け用に落ち葉も集めるので土地がやせて木も生えにくい環境になっていたのだ。

切ることで寿命が〝リセット〟

切ることで寿命が〝リセット〟
ブナの「あがりこ」。切った所から芽が吹き上げて幹になる

田上さんの家は先代まで標高約500㍍の森にある内山集落にあった。昔はチェーンソーはなく丸太を運び出す機械もない。村人は炭窯の周辺の木を切り、それを集めて炭を焼いた。窯の周りの木がなくなったら次の場所に移る。田上逸郎さん(93)は「3月になると雪山に登った。父と雪から出たブナを切り、切った木は雪上を滑らせて運んだ」と70年ほど前の記憶を語る。雪は1㍍以上ある。その下からは新芽が吹き上げ、数十年かけて再生される。だから里山のブナは「あがりこ」と言って幹がボコボコしている。ブナの寿命は200~300年とされるが、若い時期に刈り取られると再生能力が刺激されて新芽が出る。こうして寿命が〝リセット〟されて300年以上の「大ブナ」が育つのだ。現地を調査してきた京大の深町加津枝准教授は「木を切ったりササを刈る営みによってブナの森は生き続ける」と話す。

半世紀前に伐採された林。明るくて多様な植物が生え、動物たちの暮らしを支えている

冬の北風を受けない斜面には「用心山」という区域があり、樹齢200年を超えるブナが立ち並ぶ。火事や地震が起きた時のために代々切らずに残してきた場所だ。巨木が枝葉を空いっぱいに広げて日陰を作り、夏場でもひんやりする。一方で樹齢50年ほどの林は明るくて見通しが良く、ナラやカエデ、クロモジやカタクリなど300種類を超える植物も共存している。山菜やキノコの宝庫で、野ウサギやツキノワグマたちがドングリを食べて暮らしている。多様な生態系は、こうして創り出されているのだ。

山里が育んだ多様性

山里が育んだ多様性
内山集落の跡。苔むした石垣だけが残る

生き物がつながりあって命をつなぐ里山ブナ林。内山集落は1973年に最後の住民が村から離れ、山里は立派な石垣だけが緑のこけに覆われて、遺跡のようになっている。夜明けには、目覚めた鳥たちが音楽会を始める。彼らは森の代弁者。里山の豊かさを伝えるメッセンジャーといえるだろう。

地元ガイドの案内も

地元ガイドの案内も
登山口にあるブナハウス内山

登山口にある「ブナハウス内山」にはトイレと休憩所がある。ただ、そこまでの林道は狭く大雨による土砂崩れなどで通行止めの時もあるので、ふもとにある公共施設「小町公園」(0772-64-5533)に問い合わせを。午前8時半~午後4時。水曜休館。小町公園からのガイドツアーもある。期間は4月~11月。午前9時半に集合。弁当や飲み物持参。一組5000円。6人以上の時は一人1000円。5日前までにNPOまちづくりサポートセンター(0772-75-1411)に申し込みを。

内山ブナ林 自然観察トレッキング

内山ブナ林 自然観察トレッキング

地元産の十割そば

地元産の十割そば

小町公園の近くには地元の五十河区が日曜日だけ営業するそば処「歌仙」がある。休耕地でそばを育て初めて3年。今年からは五十河産100%の十割そばを提供できるようになった。お米や天ぷらの山菜もすべて地元産。ブナの森から流れ出る水で育てた逸品だ。天ぷらセットで1200円。すべて地元産のそばセットにしてはずいぶん良心的な値段だが、田上さんは「こんな山里までおいでいただいた感謝の気持ちです」と話す。団体(10人以上)なら予約すれば土曜日の対応も可能。問い合わせは歌仙(0772-68-1105)。

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