海の京都観光圏

      海の京都を知る

      天地山海にいきづく和の源流「海の京都」

      縄文時代から太陽や星の動き、山の高低や形、水の配置を活かした独自の文化が存在しており、大陸文化が伝わった後も、日本固有の「和」の文化の源流を残している。その縄文文化の特徴は、平和な母系社会であり、1万年続いている。その象徴が、食の女神である豊受大神である。豊受大神は、五穀と養蚕を伝え、「あなにえし田庭!(なんと素晴らしいらしい田の庭よ!)」と喜ばれたことから、丹波の地名が生まれたといわれている。海洋民族や大陸文化を受け入れることで、栄えてきたこともうかがい知れる場所となっている。

      「和の国」はここからはじまった

      さあ行こう!知的好奇心をくすぐる旅路へ

      コンセプトツアーでは、自動車だけではなく、列車や路線バス、循環バスを活用し、
      ゆっくりと“素顔の海の京都”に触れることで、1日では感じることのできない深い感動を持ち帰っていただける新しい旅を味わえます。

      勢力の中心地であった丹波国、
      数多くの古墳と貴重な出土品が発掘されています。

      与謝野町大風呂南一号墓から出土したガラス釧は、
      断面が五角形をしており、日本では一点だけの貴重なものです。
      海部宮司家に伝わる邊津鏡・息津鏡は、日本最古の伝世鏡。
      久美浜町湯舟坂二号墳から出土した日本最大級の飾り大刀。
      優れた彫金の技術を有し二対の龍が表現されています。

      食の女神である豊受大神、
      五穀と養蚕を伝えたとされています。

      縄文時代から太陽や星の動き、山の高低や形、水の配置を活かした独自の文化が存在する場所でした。
      大陸文化が伝わった後も、日本固有の「和」の文化の源流を残しています。
      その縄文文化の特徴は、平和な母系社会であり一万年続いています。
      その象徴が、食の女神である豊受大神です。
      その豊受大神が、五穀と養蚕を伝え、
      「あなにえし田庭!(なんと素晴らしい田の庭よ!)」
      と喜ばれたことから、丹波(タニワ)の地名が生まれたとされています。

      歴史的背景から生まれた
      人の営みや食文化は
      今に受け継がれています。

      古代から製鉄やガラス、水晶などの加工が行われ特殊技術を持つこの地域は優れたものづくりの場所でした。
      その技術とセンスは、やがて丹後ちりめんを生み出し日本最大の絹の産地として我が国の繊維産業を支えてきました。
      また、明治以降の日本の近代化に大きく貢献したのが舞鶴市の赤レンガ建築です。
      そして、海と山に囲まれた豊かな自然景観は数々の景勝地となり、
      日本海がもたらす海の幸はこの地域の食文化を育み、食の王国として今に息づいています。