京都の海の入り江から あなたに新たな価値を

海と生きる

京都の海の入り江から あなたに新たな価値を

海は好きですか?

満員電車で通勤していると
海の京都のあのまちが、ふと恋しくなるのです。
多彩な魚、旨い酒、四季折々の豊かな景色--。海辺の日常は、実は特別なのでした。
都会と違って電車は少ないし、でっかい商業施設があるわけでもない。
確かにちょっと不便かもしれないけれど、そこには昔と変わらぬ暮らしがある。

旬の恵みをおいしくいただき、美しい景色と出会って生きる。
それがいかに豊かなことか気づかせてくれたのは、海と生きる人たちでした。
鏡のような入江で月と星に抱かれて、潮騒を聞きながら何もしないでいる安らぎを
教えてくれた人たちでした。

海が好きな皆さんにお届けしたい。
海の京都の暮らし方。
あなたの毎日は、もっと豊かになるはずです。
あなたにとって、きっと帰ってきたい場所になるはずです。
大切な人と一緒に出かけませんか? あの人が待つ海のまちへ。

お届けします。海の京都の暮らし方

幻のできたて黒ちくわ

午前3時。宮津市漁師町の通称「ちくわ通り」に明かりがともる。

カシャンカシャンと音が響く店の中には香ばしい匂いが立ち込めて、機械から ぽてっ ぽてっ と焼きたてのちくわが落ちてくる。

「食べてみますか?」。宮津ちくわ専門店「カネヒロ」の四代目、広瀬太一さんから勧められて湯気が立ち上るちくわにかぶりつくと、何というやわらかさ。ふわっふわの食感と甘く香ばしい味わいに心を奪われた。スーパーで冷えたちくわしか見たことないから、できたては未知の味だった。

それにしてもなぜ、こんな真夜中に? 太一さんの父勝一さんは「夏になって温度が上がると練り物が棒にくっつかなくなる。だから夜、一番涼しい時間に焼くんだ。昔は冷房なんてなかったからね」と語りながら、鉄の棒をくるくると回し練り物を巻き付けていった。昼間は注文の電話や来客があって、そのたびに手が止まる。真夜中なら同じ数を焼くのにも半分の時間で済むのだ。ちくわ通りの店は、どこも家族経営。最小限の人手でコストを抑えてきたことが、ちくわ屋を代々続けてこれた理由なのだという。

昭和40年代に宮津湾の埋め立てが進むまで店の裏は海だった。近くに魚の荷上場があり、周りの路地には今も天ぷらやかまぼこを含めて8軒の練り物店が固まっている。勝一さんは「みんな手押し車に山盛りのイワシを載せて店に運んでいたなぁ」と懐かしむ。
 
その昔、宮津湾には海が黒くなるほどイワシの群れが押し寄せた。しかし、大量に獲れても当時はまだ車はない。遠くに出荷はできないから、イワシを加工して売ろうと発展したのが練り製品だ。

イワシのすり身を混ぜたちくわは黒っぽくなる。だから、宮津のちくわは「黒ちくわ」とも呼ばれる。カネヒロでは今も近海でとれる旬の魚を使っている。「イワシをはじめトビウオやキス、ハモやコノシロなどですね。旬の魚は脂がのっているから、鍋や味噌汁に入れると旨みが増しますよ」と太一さん。すり身に塩と砂糖と片栗粉などを練り込んで、らせん状に巻き付ける。それを機械にかけ、真っ赤な火床の上をコロコロと転がしながら焼いていく。表面が焦げる寸前を見極めるのは職人技だ。

ちくわを焼き終わるのは午前4時半。カシャンカシャンという音がやむと、袋詰めが始まる。片付けとあすの仕込みを終えたら、ひとやすみだ。勝一さんは「変わらぬ時間に変わらぬ味のちくわを作る。それが宮津の食文化を守る道だ」と話す。

できたてのちくわを食べたい人は前日午後4時までにカネヒロ(0772・22・2987)に予約を。ただし早朝限定。当日午前6時ごろには近くの宮津市食品卸売センター(朝市)で買うこともできる。定休日は日曜・祝日。

アクセスは自転車がベスト。天橋立の波打ち際で日の出を眺めながら、できたてのちくわをほおばる旅はいかが?

持って帰ってからでも、アルミホイルに包んでオーブントースターで温めるとできたてに近づけることもできる。宮津のスーパーには他にも地元で作った練り製品がたくさん並んでいる。お土産にお勧めです。
 

宮津ちくわと讃岐うどんの物語

宮津ちくわと讃岐うどんの物語

最高のちくわを探し続けたうどん職人がいる。
天橋立の対岸、宮津市大垣の元伊勢籠神社の前にある「すぎのや」。うどん王国の香川で8年間の修行を経て帰郷した山崎正人さんは、こだわり抜いたうどんに合わせる「ちくわ天セット」を追い求めていた。しかし、香川のうどん店は基本的にトッピングはセルフサービスである。だから、ちくわ天は既にカウンターの皿の上でしんなりしている。
 
やはり、お客さんには揚げたてを食べてほしい。
理想的なちくわを探し歩き、やっとたどり着いたのは故郷の「宮津ちくわ」。漁師町のカネヒロが焼いたちくわこそ、自分のうどんの存在感に負けず主役を張れる逸品だったのだ。

鋭角に切って二つにしたちくわに衣をつけて175度の油に沈める。じっくりキツネ色になるまで揚げると、水分が抜けたちくわは旨みが凝縮されて香ばしさが際立つ。揚げ方にも試行錯誤を重ね、サクサクとモチモチを共存させる「ちくわ天の最終形」にたどり着くまでに何本のちくわを食べたことか。ジャコやカツオでとっただしの中に浸すと、すり身とだしのうまみが溶け合って、新たな世界へと誘ってくれる。地元の青魚を練り込んでいて黒ずんでいるので、ちまたでは黒ちくわとも呼ばれる。「黒ちくうどんでいこう」。そんな名前が思い浮かび、瞬く間に看板メニューに育ったのだった。

評判が口コミで広がり、訪れる人の期待も高まっている。商品としての完成度にこだわる山崎さんは最近、ちくわ天のクオリティーを安定させる妙案を思いついた。これまでは油の中でちくわが背中を向いて追い衣がしっかり載らないことがあったのだが、山崎さんは油に投じた瞬間に二つのちくわをちょっとだけくっつけてみた。衣でつながったちくわは切り口を上にして筏のように浮かんだ。そうすることで追い衣がしっかりとちくわに載る。店の誰が揚げてもカリカリに仕上がるようになったのだった。

讃岐うどんにとりつかれたのは20年も前になる。滋賀県で会社員をしながらバイクで香川に通い詰めて、とうとう脱サラ。讃岐うどんの店で修行を始めた。3年半は店長も務め、研究のために訪れた店は延べ1000店にも上る。

2012年に実家の喫茶店を改装してうどん店を開業した。ちくわ天セットはうどんの世界では王道だ。香川で170種類を超えるちくわを試してきたが、帰郷後にカネヒロのちくわを食べて、山崎さんは目を見張った。「これが一番うまいじゃないか」。宮津を離れるまで目の前にありすぎて気づかなかった。讃岐の激戦区でも見つからなかった「相棒」は、何と故郷のスーパーに売っていたのだった。

ただ、宮津ちくわのすごさに気づけたのは、日本屈指のうどん店がひしめく香川を巡って「極上のちくわ天」を追い続けたからだ。こだわりまくったうどん職人は断言する。「すぎのやの『黒ちく』うどんは、日本の名産だ」

特産品の開発も大事だが、暮らしの中にある特別な価値を探し出すことの方が、もっと大切。すぎのやの黒ちくを食べれば、それが分かってもらえるはずだーー。そんな思いを器に込めて、山崎さんはきょうもちくわを揚げている。

本格手打うどん すぎのや(宮津市江尻71)

本格手打うどん すぎのや(宮津市江尻71)

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