京都・与謝野を日本一の〝桜のまち〟に

まちと文化

京都・与謝野を日本一の〝桜のまち〟に

 丹後ちりめんの産地として知られる与謝野町を「日本一の桜のまちにしよう」という住民主体のプロジェクトが広がりを見せている。「見る桜」だけでなく「食べる桜」の生産も行われ、地元の菓子店や飲食店でも桜を使ったメニューが提供され始めた。関係者らは「桜で地域を盛り上げたい」と話しており、今後の活動にも目が離せない。

活性化へプロジェクト始動

活性化へプロジェクト始動
2017年に行われた決起集会

 少子高齢化や後継者不足で町内の商店が減少する中、地元の商店団体「くすぐるカード会」は2016年から商業の活性化を図る組織をつくるためのワークショップを開催。文政年間に宮津藩の圧政に反発して起きた百姓一揆にちなみ、100以上の商店や人が一丸となって活動する取り組みを「百商一気」と名付け、活性化につながるプロジェクトづくりが始まった。

 「どうすれば商業の活性化につながり、雇用が生み出せるのか」「どうすれば子どもたちが自慢でき、帰ってこられる町になるのか」。こうした課題に対応するため百商一気のメンバーらが目をつけたのが、日本人なら誰でも好きな「桜」。与謝野町を日本一の桜のまちにすることで、郷土愛を育み、誘客や商業振興、新規創業、新商品開発を促そうと17年に「桜プロジェクト」がスタートを切った。

与謝野駅前に「見る桜」植樹

与謝野駅前に「見る桜」植樹
与謝野駅前で美しい花を咲かせたオカメザクラ

 手始めに取り組んだのが「見る桜」の植樹。当初は町内に整備されたサイクリングロードを桜並木にしようという構想があったが、サイクリングロードは府道であることや土地の面積が少ないことから植樹は難しいことが判明した。それならばと与謝野町の玄関口である京都丹後鉄道の与謝野駅南側に18年から21年までの4年間で350本のオカメザクラを植樹。苗木は住民から寄付を募ったもので、春になるとピンクの花を咲かせ、住民や観光客らが訪れる桜スポットとなった。

合同会社立ち上げ「食べる桜」を生産

合同会社立ち上げ「食べる桜」を生産
百商一気が栽培するオオシマザクラ

 そしてもう一つ、近年はメディアにも注目されているのが「食べる桜」の取り組み。植樹した桜の管理や町おこしのための活動資金が必要になることから、桜を活用した商品開発を行うため20年4月以降、町内の耕作放棄地に1000本のオオシマザクラを植樹。翌年2月にはプロジェクトに携わる事業者らが出資し、食べる桜の生産や販売を担う「京都よさの百商一気合同会社」を設立した。

 塩漬けにした葉が桜餅などに使用される食用桜は、日本で流通するうちの7割が中国産。日本国内では静岡県の西伊豆が国内生産の5割を占める一大産地だという。

 西伊豆の栽培地はオオシマザクラの株と株の間が60㌢と狭く、密集して風通しが悪いため害虫がつきやすく、葉に消毒をしている。しかし、百商一気は無農薬栽培を行うため株間を80㌢~1㍍間隔と広くし、害虫がつきにくくしているのが特徴で、20年と21年には百商一気の栽培地で京都府立大学大学院によるオオシマザクラの無農薬栽培の研究も行われた。

葉を塩漬けに

葉を塩漬けに
葉の選別作業を行う関係者ら

 5~8月に収穫されたオオシマザクラの葉は、約半年間、塩漬けする。メーカーの求めに応じて12~17㌢の4サイズに分類し、50枚を1束にしてサイズ別に漬け込むという。一般的な食用桜は変色を防ぐためにミョウバンを加えるが、無農薬にこだわる同社は食塩しか使わない。初めて商品化したのは23年で、合同会社の代表社員を務める小長谷建さんは「初めて自分たちで手掛けた商品が世に出回った時は感慨深いものがあった」と振り返る。

 同社が製造した食用桜は菓子材料の卸や販売を手掛ける愛知県名古屋市の山眞産業㈱花びら舎にほぼ全量を卸しており、ここから和菓子問屋を経て関西の和菓子店などに販売される。百商一気は鮮やかな緑を残すため3日間ほどしか漬けない浅漬け商品も製造し、料理店などで重宝されているという。

 更に同社は現在、花が食べられる「関山(かんざん)」という品種の桜を50本栽培。つぼみのまま収穫し、塩漬けして食用にするもので、今春に初の収穫を予定している。

葉や枝を余すところなく活用

葉や枝を余すところなく活用
桜プロジェクトを先導する小長谷さん

 百商一気が栽培するオオシマザクラは、高齢者でも葉を収穫しやすいよう高さ1.5㍍ほどにそろえている。11月ごろになると地面から50㌢ほどのところで剪定する「台切り」作業を実施。桜は生命力が強く、剪定すると枝が増え、葉の収穫量も増えるのだという。切った枝は薫製用のチップに加工し、地元産品を扱う「よさの野菜の駅」で販売。「秋に赤く色づいた葉は染料にもなり、町内で試作が進んでいます。桜を余すところなく活用すれば、SDGsにもつながるんですよ」と小長谷さんは話している。

無農薬、「京都」ブランドで需要高まる

無農薬、「京都」ブランドで需要高まる
色が鮮やかな浅漬けの葉

 百商一気の活動が新聞で紹介されると、京都市内の料理店などから問い合わせが殺到。なかには東京のミシュラン一つ星レストランのシェフからも食用桜がほしいと連絡があったといい、小長谷さんは「無農薬で〝メイドイン京都〟というブランドが、商品価値を高めている」と胸を張る。

 食用桜の生産量を増やすため、百商一気は22年にも500本のオオシマザクラを植栽。小長谷さんは「秋に咲く『十月桜』も植え、与謝野を1年中桜が見られる場所にしたい」という。さらには、地元のビール製造業者が与謝野産のホップと桜を使ったビール造りを計画するなど、食用桜の新たな活用も進みつつある。

桜で地域を盛り上げたい

 22年4月、公益財団法人日本さくらの会から「さくら功労者」の表彰を受けた百商一気。小長谷さんは「今後は葉の収穫体験も企画したり、地元の飲食店や菓子店で使ってもらえるよう直販も検討していきたい。25年には与謝野駅の開業100周年に合わせ、大々的なベントも検討しており、これからも桜で地域を盛り上げていきたい」と大きな夢を抱いている。

百商一気のホームページ

地元でも活用進む

 一方、与謝野町や宮津市など地元の飲食店や菓子店などでは、与謝野産の食用桜を使った商品やメニューが次々と登場している。

地元食品会社の社長が残した「さくらうどん」

地元食品会社の社長が残した「さくらうどん」
市田正人さんが考案した「さくらうどん」

 与謝野町下山田の菊水食品㈱は、桜の花のペーストを練りこんだ「さくらうどん」を商品化。本社敷地内で営業する居酒屋「清竜」でも希望者に提供し、喜ばれている。

 さくらうどんを考案したのは同社3代目社長の市田正人さん。23年に清竜が創業30周年を迎えるにあたり、「何か残ることがしたい」と考えた市田さんは友人に相談したところ、「うどん屋として創業した原点に返り、うどんで何かを作ってみれば」とアドバイスを受けたという。この友人から地元で食用桜を生産している百商一気のことも教わった市田さんは30周年に向け、1年ほど前からさくらうどんの開発を進めてきた。

 百商一気から提供を受けた桜の花のペーストを麺に練りこみ、太さを変えたり、麺に合う出汁を何度も作ったりと試行錯誤していたという市田さんだったが、完成を目前にした23年5月に急逝。その後、社長に就いた娘の貴子さんが父の遺志を継ぎ、商品化を実現させた。

 同年7月から販売を始めた「さくらうどん」(税込み1000円)はピンクの麺が特徴で、桜の香りがふわっと漂い、「まるで桜餅を食べているような味わい」(貴子さん)という。商品は野菜の駅や天橋立の一部の土産品店などで販売されており、清竜でも希望者に提供している。貴子さんは「さくらうどんは、父が最後に残した思い入れの強い商品。たくさんの人に食べていただければ」と話している。

プラスアルファの料理に

プラスアルファの料理に
amano-hashidate 幽斎で提供している、食用桜を使ったメニュー。上から「桜香る豆乳自然薯かん」「桜昆布じめ」「鯛桜蒸」

 地元食材にこだわる宮津市須津のオーベルジュ「amano-hashidate 幽斎」では、コース料理に色鮮やかな食用桜の浅漬けを使用。昆布締めした魚を桜の葉に包んで香りづけした「桜昆布じめ」の刺し身のほか、春になれば甘鯛を桜の葉で包んで蒸し上げた「桜蒸」、桜のチップでスモークしたサクラマスの棒ずしを桜の葉で香りづけした「桜寿司」など、様々なメニューが楽しめる。

 店主の岸和田安弘さんは「国産の食用桜は手に入りにくかったが、地元で生産されるようになり使うようになった。刺し身に桜の香りをつけたりとプラスアルファの使い方ができるのが面白い。『どこにいっても同じような刺し身だが、ここでは違った刺し身が食べられるのでうれしい』とお客様にも喜んで頂いています」と話す。岸和田さんは今年、桜の花を使った新メニューも考えているという。

和洋菓子でも

和洋菓子でも
大槻菓舗が昨年販売した「さくらもち」(上)と「さくらもちカステラ」

 与謝野町弓木の大槻菓舗では昨年、きざんだ桜葉を練りこんだ生地で白あんを包んだ「さくらもち」や、桜のペーストと葉を練りこんだ生地で粒あんや桜あんを包んだ「さくらもちカステラ」を商品化した。

 今年はきざんだ桜葉と桜のペーストを加えた生地で生クリームと桜ペースト、桜あんを巻いた「桜のロールケーキ」や、与謝野町のブランド米「京の豆っこ米」と京丹後市産の赤米の米粉にきざんだ桜葉を加えて焼いた「桜のロールカステラ」を商品化し、1月下旬にも店頭に並ぶ予定という。百商一気の執行役員でもある店主の大槻喜宏さんは、「今までは伊豆の桜葉を使っていたが、地元の桜葉が手に入るようになり、京の豆っこ米も合わせ地産地消がさらに進んだ。地元の菓子店や飲食店でも桜葉のオリジナル商品を作っていただき、『桜のまち』を応援してもらえれば」と願っている。

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