美しい伊根湾を抱える京都府伊根町。その湾を囲むように建つ舟屋群の絶景を、海上から真近で望む「伊根湾海上タクシー」は、遊覧をしながら地元の歴史や暮らしを知り尽くした船頭による解説を聞くこともでき、湾上で特別なおもてなしが受けられる。近年は若い漁師や移住者らも舵を握り、運航ルールなどを定めて更に安全で利便性の高い観光コンテンツへと高みを目指している。その軌跡を追った。
伊根湾で特別なおもてなし 「海上タクシー」の軌跡に迫る
海と生きる
舟屋を海上から真近で見学
伊根湾海上タクシーは、地元の漁師らが船長とガイドを務める小型の遊覧船で、伊根町のシンボルである舟屋の風景を海から間近に楽しめるサービス。海にせり出した独特の構造を持つ舟屋の並びを大型船よりも近い距離から見学できる。
七面山駐車場などの乗船場所で待機しており、少人数なら基本的に予約なしで乗船できるほか、電話で呼んで乗船もすることも可能。周遊時間は25分で料金は大人1人1千円。プライベート感のあるクルージングが楽しめる。
ベテランの漁師が創業
最初の海上タクシーが営業を開始したのは2005(平成17)年。小型定置網漁とハマチ養殖を手掛けるベテラン漁師が本業以外の収入をと、漁船を活用して始めた。
運航に向けては地元商工会が全面的にバックアップした。当時は単に名所を巡る物見遊山観光から脱却し、自然や文化、歴史などの地域資源を生かした体験型観光へと移行していた。気さくな地元漁師による海上タクシーは、そんな時流の波に乗ったうってつけの観光コンテンツだった。
舟屋の景観は江戸時代初期から続く。海上タクシーでは船長が茅葺き屋根だった頃の写真をみせながら舟屋の歴史などを解説。また伊根湾では1927(昭和2)年までクジラ漁を行っており、ガイドではその逸話も交えながら伊根町が漁業とともに歩んだ歴史も学ぶことができる。
若手船長が増え7艘態勢に 万人向けコンテンツに成長
第1船が営業を始めた数年後には3艘となり、しばらくはその態勢が続いた。コロナ禍が明けて再び観光客が戻ってきた近年は若手の漁師や移住者が次々と船長となり、現在は7艘にまで増えた。若手の船長はインスタグラムなどのSNSを駆使して積極的に発信を始める。
透き通るような美しい海で悠々と航海する海上タクシーの姿はたちまち評判となった。プライベートな〝特別感〟も若者らに受け、海上タクシーの知名度は一気にアップ。国籍や年齢を問わず、様々な人が乗船する万人向けのコンテンツに成長した。
より安全で便利に 協議会を設立
そんな海上タクシーは今年2月、更に安全で利便性の高い運航サービスを提供することを目指し、7人の船長らでつくる協議会を設立した。
出航の基準を明文化し、制限速度を明確に定めて安全性を高め、地域住民の不安を取り除いていくことも大きな目的の一つ。また、ガイドする内容などサービスの均一化や予約窓口の一本化、情報の共有などにも積極的に取り組んでいく。
「まちの魅力を知る入り口」
「たった30分だが、船の上の限られた空間で地元の船長と観光客が会話を交わし、伊根のまちのことまで知ることができるのが一番の魅力」。そう語るのは海上タクシーの軌跡をつぶさに見てきた伊根町観光協会事務局長の吉田晃彦さんだ。
観光客が再びその地を訪れる最大の理由は、その土地で出会った「人」や「おもてなし」を通じた感動にある。例えば、海上タクシーを泊まっている舟屋の宿に呼ぶこともでき、その特別感は他のサービスではなかなか味わえない。
そんな海上タクシーの魅力を「もっと多くの人に知ってもらい、定番の観光コンテンツとして更に広めていきたい」と吉田さん。海上タクシーはまち全体の魅力を知る入り口。よりディープな伊根の魅力を発見できるかも知れない。

