醸造家のスピリッツ【クラフトビール後編】

まちと文化

醸造家のスピリッツ【クラフトビール後編】

クラフトビールの醸造家たちは、今も互いに高め合っている…自らの試行錯誤の末に賞を受賞したビールのレシピさえ、教え合う文化があります。

しかし、同じレシピであっても、やはり醸造家によって異なるビールが生まれるのが、クラフトビールの奥深さです。

京都府京丹後市にある大型の道の駅「丹後王国 食のみやこ(旧 丹後あじわいの郷)」の中にある醸造所「Tango Kingdom Beer®(株式会社丹後王国ブルワリー)」。同社はすでに20年以上の醸造実績を持つクラフトビールメーカーです。

日本の「第一次 地ビールブーム」が終焉したと言われている1997年。
その翌年であり、全国的に醸造所が減少傾向だった1998年に発足したにもかかわらず、着実に歴史を刻んできました。

「インターナショナル・ビアコンペティション2013」金賞受賞を始め、数々の受賞歴を持つTango Kingdom Beer®を中心的に手掛けるのは、丹後出身の醸造家、山口道生氏。

…しかし驚いたことに、現在の醸造所を立ち上げるまでのビール造り歴は、たったの半年だったといいます。

ゼロから醸造所立ち上げまで、半年。

ゼロから醸造所立ち上げまで、半年。

山口「1997年に、ここ(現在の丹後王国食のみやこ)と同じグループ会社のブルーメの丘(滋賀)に入社して、5ヶ月間だけビール造りを経験しました。毎日1万人が来る施設なので忙しくて、教えてもらう暇も無かったです。その後愛媛に1ヶ月行って、2月17日にこちらにビールプラントが入るのに合わせて、立ち上げのために帰ってきました。」

半年の間に2度の異動。山口氏のビールに関する知識と経験は、本当にそれだけだったといいます。
それまでの職業はハウスクリーニングの技術職だったので畑違い。
「ぎりぎり、洗浄に関する知識があったので、それはビール造りにも役立ったかもしれないです」
と笑います。

その後、同社に訪れたドイツ人技師とともにプラントの立ち上げから行い、醸造所としてスタートを切ることになります。

「自分は完璧」と思い込んでいた

山口「当時は、自分は完璧だと思ってたんですよ。前の職場で自分でメモをとって、すぐにメモがいっぱいになるので新しい帳面に書き直して…を繰り返してしました。それで、できると思っていました。でもスタートしてみると、自分にはぎりぎりビールができるくらいの知識しかなかったんです。」

この時から、山口氏の醸造家としての長い道のりが始まりました。失敗をしながら学ぶ、の繰り返し。時に納得のいく味に成功したこともありましたが、それがなぜ成功したのかが分からない…。

それでも試行錯誤の連続によって、丹後王国のビールは着実に成長していきました。そして立ち上げから約15年後。インターナショナルビアコンペディションで金賞を受賞するほどに進化していったのです。

ヨーロッパでの見聞がすべてに生かされる

ヨーロッパでの見聞がすべてに生かされる

金賞を受賞した山口氏に、嬉しい話が持ち上がりました。ヨーロッパへのビール視察の旅。約1週間で3カ国のビール醸造を視察するという、超弾丸ツアーです。

山口「金賞をとったので、当時のCEOが行ってこい、と。内容は、自分が勉強したい、と要望したところに合わせてくれました。まだ造ったことがなかったヴァイツェン(白ビール)を、ドイツで。ペールエールをイギリス・ロンドンで。フルーツビールをベルギーで見てきたんですが、4日間で3カ国を周りました。行っている間は気を張ってるのでよかったんですが、帰ってきたら爆睡でしたね(笑)」

山口氏は、「その時のすべてが、今に生かされています」と語ります。

山口「ドイツに行ったときに、こんなに美味しいヴァイツェンがあるのか、と思いました。エールビールも造ったことはありましたが、まともに作り始めたのはイギリスに行ってから。現地で飲んで、こんなのが作れるならやってもいいなと。本場のものは、本当に美味しいです。」

「本場の味」へのリスペクト

「本場の味」へのリスペクト

山口氏が手掛けるTango Kingdom Beer®の中に、「ロンドンエール」という銘柄があります。山口氏がイギリスで視察したメーカーのビール「ロンドンプライド」に敬意を表し、目標にする意味で、この名前にしたのだとか。

山口「日本の地ビールのメーカーは、当時300社くらいまで増えました。でもそのあと、150社くらいにまで減ったんです。その理由は、”まずかった”から。本場で作り方を見せてもらって、技術がなかった頃の日本のビールとは比べ物にならないなと思いました。」

決して奢らず、真摯な姿勢でビールづくりに取り組む、山口氏のポリシーが垣間見えます。

クラフトビールはこうしてできる

山口氏に、実際のビール造りを行う醸造所内を見せていただきました。

山口「これが麦芽と言われているもので、二条大麦を発芽させて乾燥させたものです。麦のままだと酵素が働かないので、麦芽を使うんですね。大麦というと、麦茶などで六条大麦が一般的ですが、タンニンが強くて渋みが強いので、ビールには品種改良された二条大麦を使います。」

酵母が糖分を消費してアルコールに

酵母が糖分を消費してアルコールに

山口「ビール造りはまず、麦芽のデンプンを糖分にかえて、糖度12%くらいの甘い麦汁をつくるところから始まります。タンクにお湯を入れて、細かく粉砕した麦芽を放り込んで、酵母を加えて発酵させます。そうすると、酵母が糖分を消費してアルコールになって、炭酸ガスを出すんですね。
段階的に温度を上げていくんですが、酵素の種類によってよく働く温度帯というのがあるんです。80度を超えると酵素はだめになるので、そのぎりぎりまで段階的に持っていく形ですね。」

麦汁にホップを加えて煮沸

麦汁にホップを加えて煮沸

山口「タンクの下にロイター板という板があります。その上に麦芽が地層みたいにたまって、お湯がその麦芽の層を通り抜けるときに、濁りのない透明な麦汁になります。とれた麦汁をもう一度、ぐつぐつ煮沸します。種類にもよりますが、約90分くらい。煮沸直前と、終了直前にホップを入れます。ホップにはルプリンという黄色い苦味成分があるんですが、殺菌効果もあるんです。他にもいろんな作業がありますが、自動ではなくて、結構手作業で調整しています。」

発酵を進め炭酸ガスを調整

発酵を進め炭酸ガスを調整

山口「こちらが発酵室ですね。発酵熱が出るので、ビールを10℃で発酵させようと思うと室温7℃くらいでちょうどです。
まず1次発酵なんですが、タンクに空気を含ませて酸素を入れながら麦汁をためていきます。酸素を吸収しながら酵母が増えて、新しく増えた酵母が発酵してくれます。12%あった糖度が4%くらいになって、1次発酵終了ですね。」

山口「2次発酵は、熟成タンクへ移動して、1週間くらいですね。この間、炭酸がどんどん増えていくので、メーターを見ながら、多すぎたら抜くという作業をしていきます。炭酸が強すぎると、ビールをグラスに注いだときに泡をふくし、香りも飛んでしまうので、ちょうどいい強さの調整していきます。」

説明を聞いて感じたことは、機械と言えど「人間の感覚」でかなり結果が左右されそうだ、ということ。実際山口氏も「最新式のものはスタートすれば全部自動ですけど、これはアナログ作業ですね」と言います。

冷却して、いよいよ瓶詰め

冷却して、いよいよ瓶詰め

山口「その後、2週間くらい冷却したら、ビールとして飲める状態になります。最後に瓶詰めですが、うちばベルトコンベアとかではなくて、1本1本、機械にセットしてビールを詰めていきます。最後に、蓋をして完成ですね。」

醸造家による「手作り感」を残したクラフトビールメーカーというのは、かなりの部分で人間の手作業があることが分かりました。

さて、そんな山口氏が手掛けるTango Kingdom Beer®が目指している、ビールとしてのコンセプトはどういったものなのでしょうか?

「飲みやすく、口当たりのいいビール」

「飲みやすく、口当たりのいいビール」

ビール造りをする上で、どういった特徴やコンセプトを意識しているか?その問いを投げかけた結果、非常にシンプルな答えが返ってきました。

山口「飲みやすく、口当たりのよいビール、それが目標ですね。何か1つの要素がどう、ということではなく、全体のバランスです。最初の麦を挽くところにしても、濾過するタイミングにしても。」

実は、このお話を聞いて少し意外に感じました。
クラフトビールというと多彩で、一般的に流通しているビールにはない個性的な味や香りが特徴。
そんな中で「飲みやすさ」を追求するという考え方が意外に感じたのです。

山口「当時、お客様とか従業員とかからの要望もあり、ビールが苦手な人でも飲めるビール、という考えがありました。今の流れでいうと、逆行している部分があるかもしれません。今はものすごく苦くて、ホップの香りがついたものも多い。でもそれを目指しているわけではなく、飲みやすいビール、丹後王国のオリジナルビール、というスタイルで造っています。マニアの人には物足りないかもしれないけど、ビールを普段飲まない人にも、幅広く楽しんでもらえたらと思いますね。」

これに関連した、面白い話がありました。
金賞をとった同社の「スモーク」。燻製麦芽を使った、その名の通りスモーキーな味わいのビールで、やはりスモークチーズなどに合う、と打ち出しています。
しかしとあるイベントで、このスモークを飲んだ女性が「これは、何にでも合うよ!」と喜んでおられたようなのです。

山口氏は「口当たりをよくすると、いろんな料理に合うようになる」と語ります。

マニアには物足りないビールというのは、裏を返せば、食事も含めたクラフトビールの楽しみ方の幅を広げてくれるビールなのかもしれません。

クラフトビールの魅力が総合的に含まれている

クラフトビールの魅力が総合的に含まれている

筆者もその味わいを体験してみました。
確かに…「飲みやすい」。
しかし、ちょっと待ってください。そうはいっても、やはりクラフトビール。一般流通しているビールとは歴然と違うのです。

山口「一般に流通しているビールは、確実に”濾過”しているので、酵母入りじゃないんです。酵母が入っているクラフトビールは、風味から何から、全部違いますね。逆に、うちのビールをフィルターを通して濾過したら、一般的なビールに近くなるかもしれないです。」

同社のビールは、ホップというよりは、麦。モルティなコクや甘みを大切にされたビールであると感じます。でも、甘みだけでなくもちろん、苦味もある。コクがあるかと思えば、スッキリとしたキレもある。銘柄によって異なる繊細な香りは、しっかり感じながらも、飽きがこないレベル。

ご本人の言うとおり、マニアックなビールではない。
だから何が特徴かを一言で表すのは難しいが、クラフトビールの持つ魅力が「総合的に含まれている」…それが、山口氏が手掛けるビールなのかもしれません。

クラフトビール業界全体で、進化する。

クラフトビール業界全体で、進化する。

山口氏は、数々の受賞歴を持ちながらも、やはり模索の連続で、今もまだまだ完璧ではない、と話します。

山口「クラフトビール仲間の間で、技術的な部分の教え合いがあります。勉強会を開いたり、イベントに行ったときも、隣のブルワーさんと情報交換したり。うちのヴァイツェンなんかも色んなブルワーさんが飲みにくるので、作り方を教えてあげたりもしています。金賞とったビールもそうですね。逆にうちも、他のブルワーさんから色々教えてもらっています。」

競争、企業秘密…といった世界がある中で、クラフトビール業界の動きは非常にオープンで、興味深い姿勢だと感じました。

なぜそのような文化が?

山口「もしかしたら、まずいビール造ってくれるなよ、ということなのかもしれないですね。クラフトビール業界のレベルを、どんどん上げていこうと。自分もそれ以上にやろう、と思うので、レシピは止まってないです。もし100点があったとしても、それ以上の101点が欲しい、と思いますね。」

造り手の考え方や想いが、味わい、風味にダイレクトに反映されるクラフトビール。地域の人の背景をつぶさに見ていくと、やはり様々な発見があります。

醸造家の、人生を味わう…そんな風に考えれば、クラフトビールはさらに味わい深いものになるかもしれません。

海の京都市場 「京都丹後クラフトビール 」

海の京都市場 「京都丹後クラフトビール 」

Tango Kindom Beer®(丹後王国ブルワリー)

Tango Kindom Beer®(丹後王国ブルワリー)

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