森と木々、地域とひとびと

まちと文化

森と木々、地域とひとびと

自分の“天職”ってなんだろう。

自分の“天職”ってなんだろう。仕事でなくてもいい、一度きりの人生でやりたいこと。観光地めぐりじゃなくて“いろんな生き方めぐり”をしながら、少し立ち止まって考えてみる旅。それが“天職観光”。

“天職観光”とは、福知山公立大学の塩見 直紀准教授によって提唱された概念。
天職は生きがいとも言い換えることが出来て、それが何かという答えは実は自分の中にあります。しかし、普段の生活の中では考えるきっかけがない。
・ 田舎で子育てをしている人の生の声を聞いてみたい
・ 未経験者からスタートする農業の可能性を考えてみたい
・ 田舎ならではの仕事について実例を知りたい
・ 農家民宿をしてみたいので、やっている人の話を聞きたい
こうした声を持つ相談者と地域の方々が出会うツアーがオーダーメードで企画されています。

“天職観光”を通じて、地域の人と出会い語り合う、そして、その人に会いに何度もその地域を訪れる。このような従来の観光とは違う地域との関わり方が生まれつつあります。

海の京都7市町(綾部市、舞鶴市、福知山市、宮津市、京丹後市、伊根町、与謝野町)にもそれぞれIターンやUターン経験者を中心にアンバサダー(世話役)がいて、この新しい旅がサポートされているのです。
今回は、このアンバサダーを務める一人、京丹後市在住の市瀬 拓哉さんにお話を伺いました。

市瀬さんは、長野県生まれ、富山県育ち。東京農業大学卒業後、2009年に丹後へ移住してこられました。
2018年に終了するまで10年間で、328の企画と30,000 人を越える旅人を丹後に迎え入れた地域体験型の交流イベント「mixひとびとtango」で後半の4年間、代表を務められていたことからご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。

海の京都7市町が連携した移住促進事業には4つの分科会があり、先に触れた「天職観光」は観光・ワーケーション部会での取組です。
その他にも、市瀬さんはコミュニティづくり分科会にも参画しています。この分科会では、進学や就職で都会に出た若者たちと繋がりやコミュティを継続して作っていこうという活動もされています。

2020年11月には「KuraNomi」という丹後のお酒を蔵元と共に紹介するイベントも京都市内で実施されました。

ただ単にお酒を販売するだけでなく、どんな人がそのお酒を造ったのかを一緒に紹介することで、商品だけではなく、地域の人や丹後という土地を買った人に知ってもらうことができます。さらに、販売には大学生にも協力してもらったそうです。お酒の販売を通じて、大学生が丹後のことをあらためて知り、丹後のために活動できることによって、地域との関わりを感じることができる。そんな風に、丹後にいなくても地域との関わることができる仕組みを手がけているそうです。

「andon」と「うみほし」

今、市瀬さんは自身として二つのことを事業として進めています。
それは「andon(アンドン)」と「うみほし」。

「andon」とは、2019年4月に市瀬さんが創業した会社。創業に先駆けて2018年から開発を進める京丹後市弥栄町「船木の森」を拠点に、森林と共にある空間のデザイン事業を手がけています。

「andon」の由来を伺いました。
・「安堵」できる空間、時間を創造すること
・「Now and on(今、そしてこれから)」
・「行灯」のように明るく照らす

直近では宮津市にある福祉施設「マ・ルート」内で遊び場づくりを進めています。

そして「うみほし」は「丹後海と星の見える丘公園」。
142.9ヘクタールという広大な敷地を有する「自然との共生」「手づくり」「環境育成の体験フィールド」などをテーマにした公園施設です。

指定管理者としてこの施設を運営するのが「NPO法人 地球デザインスクール」。そこでの活動(環境学習、森林計画・実行)に10年間従事し、2020年5月より理事長を務められています。

地球デザインスクールでは子どもの環境学習を中心に事業を行っています。しかし、市瀬さんは「大人にも自然と向き合う心が必要だ」と感じていて、スタッフからも同じような声があったそうです。

リトリートとは、仕事や日常生活から一時的に離れ、疲れた心や身体を癒す過ごし方のことです。心のチューニングやメンタルを整えることを目的とする人たち向けの施設として、「うみほし」を整備しているそうです。さらに、市瀬さんが言うには、一般的なリトリートとは一味違う体験ができるよう、地球デザインスクール独自のサービスを開発中だということです。

リトリートと関係人口

リトリートと関係人口

リトリートそのものが市瀬さんが関わる関係人口の創出に繋がる事業と親和性が高いと市瀬さんは語ります。

「人生で迷った時だとか切り替えたいと思った時に利用される方も多かったりするので、ここにきて一回きりじゃなくて『食のワークショップがあります。またこられませんか?』と公園から声をかけることや、ここの公園を起点に波見(公園所在地)や世屋に行ってもらうことで、『この地域、良いな!』みたいに思ってほしい。そこからゆくゆくは住んでみたいというようなベクトルができたらな・・・。というのもここをプラットホームというか起点になる場所にしていきたいんです。」
過去にも「うみほし」で働くことで地域の人と関われたという声もあり、実際に、ここでの活動を経てより深い地域での活動に向かって行った方も多くいらっしゃるそうです。

Sense of wonderと森林社会学?

関係人口を語る上でのキーワードは「Sense of wonder」だと市瀬さんは言います。
この言葉は「うみほし」での子供の環境学習の際の考え方だそうです。
「子どもたちへの一番大切な贈りもの!美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目をみはる感性を育むために、子どもと一緒に自然を探検し、発見の喜びを味わう」レイチェル・カーソンが著書で記した言葉です。

「“Sense of wonder”は言い換えれば『わぁ、すごい!』と思えること。面白いと思って自分の中に入ってきたことは、アウトプットでもきっと面白いものを生み出すことにつながると思うんです。また面白いと思える自分自身の器、受け皿も豊かにしていく必要があって、そのために自然体験があると考えています。
都会での窮屈な思いの中で、感性は閉ざされていってしまっていて、「うみほし」で森に触れた時にそれを開けることができると思っています。そのための促しを僕らはやっているんです。」

「森に触れることで感性が解放され、その後に“人に会う”ことで自分の可能性が発揮されるのです。
人から刺激を受けて、自分も“やってみよう”という前向きな気持ちになる。森などの自然と人に出会うことで本来の自分に出会うというか、自分の可能性を最大発揮していくことになるのです。
また人が最大発揮している状態に関わることで生まれるグルーヴ感も好きだし、みんながやりたいことをやっているのを見ることも楽しみ。」

“森づくり”そのものにもこの”最大発揮”という考え方は当てはまると市瀬さんは言います。

“森がどうあるべきか”、“そこでの木々にとって良い育成とは”ということを、植生の違いもふまえて100年単位で考えていくというのが”森づくり”の考え方。

荒地に落ちた種がどのように生育していくかは、落ちた場所の環境によっても左右されるし、種そのものの特徴によっても違ってきます。つまり、木々の育成においては適した場所に種が落ちることが重要となります。

「地域と人」も同じようなことが言えるのだといいます。種の飛散を移住と重ねて考えると、今やっていることは、種が落ちるのに適した場所に導いてあげるように、人に「こういう暮らし方もありますよ」と伝えてあげることなのだと。
「“森と木々の成長”、“地域とひとびとの関わり”、ほんとうにどれもが似ていて『森林社会学』という言葉があっても良いんじゃないかと思っています。(笑)」

2022年地球デザインスクールは20周年

「地球のデザインに学びながら新たなデザインを考えていく。森も含めた地球の環境に触れることで学びながらこれからの社会をどうして行こうかということを考える」というのがそもそもの地球デザインスクールの始まり。原点に回帰していくという意味でも「子供の遊び場という仕立てとともに大人が“環境と社会について”考える場所であり、“うみほし”で学んだ子供たちがその活動を受け継いでいく。その過程で疲れることがあったらリトリートしよう、という流れを再構築していきたい。」と語る。

さらに「4年前に“なんとかなるを丹後から”というプログラムのコンセプトを立案しました。今、リトリートということを考えた時に、“日常生活の中で抱いた不安は実は不安じゃない”ということも多いのでは?と考えていて、“うみほし”に来て視点が変わることで『私、大丈夫(なんとかなる)』と感じてもらえるのではないかと思っています。そのためにも、今まで地球デザインスクールのプログラムは野山をアクティブに動きまわるような“動”のものが多かったけれど、これからは“静”のものも取り入れていきたい」といいます。
ここでいう「静」とはandonのコンセプトでもあげた「安堵」する時間、状態で言えば波の「凪(なぎ)」な状態なのだとも話していただきました。

ハードは「andon」、ソフトは「うみほし」

ハードは「andon」、ソフトは「うみほし」

「andon」と「うみほし(地球デザインスクール)」。市瀬さんの中で、取り組みにどのような違いがあるのでしょうか?

「コンセプトや思いの部分でリンクすることも多くなってきました。その中で造ったり目に見えるものを残すという物理的なところを提供することが、“andon”。体験のような目に見えない心理的なところを提供するのが“うみほし”。そのような違いも見えてきました。つまり、“andon”が提供するのはハード面での価値、“うみほし”が提供するのはソフト面での価値とも言えます。」

「森と木々」「地域とひとびと」これらが同じような特徴を持っていること。
そして森と人で作る静かに安堵できるこれから。「森林社会学」、学んでみたくなりました。

andon

andon

丹後 海と星の見える丘公園

丹後 海と星の見える丘公園

Share

カテゴリ一覧に戻る