太陽から注がれる力強い日差しを受け、海の京都エリアでは京野菜の一つである「万願寺甘とう」が旬を迎えている。見た目は大型のトウガラシだが、辛みはない。煮ても、焼いても、揚げても、おいしく食べられるということもあって人気は上昇中。肉厚な実をかみしめれば、甘みとともに滋味深い独特の風味があふれ出す。大振りな実に、豊かな味わい。まるで〝トウガラシの王様〟のようだ。
太陽の下にトウガラシの王様「万願寺甘とう」
まちと文化
舞鶴、綾部、福知山で栽培
様々な地域で栽培される「万願寺とうがらし」に対して、「万願寺甘とう」の産地は舞鶴、綾部、福知山(一部地域)の3市に限られる。
生産者は定められた品種や栽培方法を守り、収穫した実は大きさや形状によって「秀」(長さ13~23㌢、色つや良好で曲がりが軽微なもの)、「優」(長さ13㌢以上、選別基準で「秀」に次ぐもの)、「良」(長さ10㌢以上、選別基準で「優」に次ぐもの)の3等級に選別。専任のスタッフがいる検品場で更に検品が行われ、基準を満たしたものだけが「万願寺甘とう」のブランドを冠して市場に出される。
「万願寺甘とう」を手に取ってみると、他のトウガラシ類に比べて大振りで肉厚であることが分かる。ただし、見た目に反して柔らかく、更にタネは少なく食べやすい。野趣ある風味にほんのりと甘みが感じられる味わいで、トウガラシでありながら辛みは全くない。小さな子どもでも安心して食べられる。
旬は夏。出荷は例年、5月中旬から11月下旬にかけて行われる。出荷先は京都市だけでなく、大阪や東京、福岡にも広がっており、昨年(2020年)の販売額は過去最高の4億円となった。海の京都の夏の味覚として、知名度は着々と高まっている。
ブランド化に100年の歴史
「万願寺甘とう」がブランドとして定着した現在までの足取りをたどると、その歴史は約100年に上る。
舞鶴市の万願寺地区で1920年ごろ、「万願寺甘とう」の原種が生まれた。古くから栽培されたきた「伏見とうがらし」が、偶発的に別の品種と自然交雑したと考えられる。万願寺地区の在来種として栽培されるようになったものの、当初は自家消費が中心。転機となったのは、地元の農協によるブランド化の取り組みだった。
1983年、「万願寺とうがらし」を「万願寺甘とう」に改称。生産者らで「万願寺甘とう部会」を立ち上げてブランドの基準を定め、本格的な出荷を始めた。売れ行きは好調で、1987年には舞鶴市全域に生産が拡大。1989年には京のふるさと産品協会により第1号となる「京のブランド産品」の認証を受けた。
舞鶴市や周辺地域の9農協の合併による京都丹の国農業協同組合(JA京都にのくに)の誕生を経て、2004年には綾部市と福知山市(一部地域)にも生産が広がり、万願寺甘とう部会は舞鶴、綾部、福知山の3市でそれぞれ設立された。
産地の拡大とともに品種改良も進んだ。甘みのある万願寺甘とうだが、かつては収穫した実の中には強い辛みを持つものがあった。こうした背景があって誕生したのが、辛みがある実の発生を大幅に抑えた「京都万願寺1号」で、2007年に品種登録された。更に2012年に誕生した新品種「京都万願寺2号」では、辛みを完全に抑えることに成功。現在の万願寺甘とうに進化していった。
2017年には「万願寺甘とう」が京都府内で初めて、GI(地理的表示)に登録された。GIとは、地域で培われてきた生産方法や気候、風土、土壌など生産地の特性が高い品質につながっている産品で、国が知的財産として登録・保護する。つまり、国から地域ブランドとして認められたというわけだ。
3市で320人の生産者
現在、「万願寺甘とう」の栽培面積は3市(舞鶴、綾部、福知山)で延べ15㌶。生産者は約320人で、このうち1人の生産者に話を伺った。
次世代にも価値を
訪れたのは福知山市三和町中出の北山農園。代表の北山慶成さんは福岡県出身で、Iターンして2012年から万願寺甘とうの生産を始めた。「福知山万願寺甘とう部会」の部会長を務める。
―栽培を始めたきっかけは?
「『水菜』か『万願寺甘とう』のどちらかを新規就農の段階で選択する必要があり、初期投資額の少ない万願寺甘とうを選択しました」
―栽培する上での苦労や工夫は?
「『万願寺甘とう』は作りやすいF1品種(一代交配種)ではなく、環境の影響を受けやすく収量も少ない在来系であるため、F1品種並の品質や収量を上げようと思ったら倍の手間と努力が必要となります。この手間と努力を惜しまずに水やりの量や回数の工夫、適切な着果量を維持するための摘果作業を行っています」
―「万願寺甘とう」の特長は?
「『万願寺とうがらし』というジャンルの中で唯一、完全に辛味果が発生しない品種となります。このため食べる側だけでなく、お母さんや料理人の方など作る側の人も安心して誰かに食べてもらうことができます。『食べる人と作る人、相互の安心』。それが万願寺甘とうの特長です」
―今後の目標は?
「万願寺甘とうは今でこそ認知度を得ましたが、これは過去の生産者達が信頼とファンをつくった結果であり、私はその恩恵を受けているに過ぎません。万願寺甘とうブランドを使って商売をしていますが、自分のためだけにブランド価値を消費するか、次世代の生産者に価値を残せるかは、今の生産者の活動次第です」
「『今だけ』『金だけ』『自分だけ』という人が多い世の中ですが、人がつくった看板を使って商売をする以上は、次世代にも同等以上の価値を残せるように努めることは義務であり、10年先、20年先の生産者のためのファンづくりに取り組みたいと考えています」
JA京都にのくにの「彩菜館」などで販売
万願寺甘とうはJA京都にのくにが農産物直売所「彩菜館(さいさいかん)」の各店舗で販売するほか、食品スーパーなどでも扱われている。また、産地の飲食業や食品加工業ら62者でつくる「あまとくらぶ」は、それぞれの会員が万願寺甘とうを使ったメニューや加工品を作り、地域を盛り上げている。
海の京都エリアの代表的な夏の味覚「万願寺甘とう」。一度、味わってみてはいかが?
レシピを紹介
素焼きや素揚げにして醤油や塩を合わせるだけでもおいしい「万願寺甘とう」。様々なレシピが考案されている中から、(公社)京のふるさと産品協会の協力を得て一部を紹介する。
※写真、レシピとも(公社)京のふるさと産品協会提供
挽き肉挟み揚げ
【材料(2人分)】
・万願寺甘とう…6本
・合挽き肉…150㌘
・キャベツ…100㌘
・トマト…中2個
・タマネギ…100㌘
・卵(溶き卵)…1個分
・パン粉…200㍉リットル
・小麦粉…30㍉リットル
・塩…適量
・ソース(A)
トマトケチャップ…20㍉リットル
ウスターソース…20㍉リットル
マヨネーズ…10㍉リットル
・サラダ油…10㍉リットル
・揚げ油…適量
【作り方】
(1)万願寺甘とうは縦に切り、中の種を取る。キャベツはせん切り、トマトは食べやすく切る。
(2)玉ねぎは皮をむいてみじん切りにし、フライパンにサラダ油を入れて炒め、塩で調味して冷ましておく。
(3)ボウルに合挽き肉を入れ、2の玉ねぎ、溶き卵半量を入れてよく混ぜ合わせ、塩を入れて調味し、1の万願寺甘とうに詰める。
(4)3に小麦粉、残りの溶き卵、パン粉を付けて、160度程度の油で揚げる。
(5)器に、4とキャベツ、トマトを盛り、Aを合わせたソースを添える。
きんぴら
【材料(2人分)】
・万願寺甘とう…12本
・鷹の爪…1本
・(A)
酒…40㍉リットル
しょうゆ…30㍉リットル
砂糖…30㍉リットル
・サラダ油…10㍉リットル
【作り方】
(1)万願寺甘とうは縦半分に切り、中の種を取って斜め細切りにする。
(2)鷹の爪は種を取って輪切りにする。
(3)鍋にサラダ油を熱し、1の万願寺甘とうを入れて中火でしっかりと炒める。
(4)3の万願寺甘とうに火が通ったらAを入れて強火で煮詰め、2を入れて混ぜ火を止めて、器に盛る。