人間尊重の精神による社員教育に注力した郡是製絲

まちと文化

人間尊重の精神による社員教育に注力した郡是製絲

 日本中が貧しかった明治の時代。特に養蚕農家の子どもは劣悪な環境で暮らしており、教育を受ける機会は十分ではなかった。そんな世の中で社員教育に注力して「表から見れば工場、裏から見れば学校」と呼ばれた会社があった。郡是製絲(現グンゼ)株式会社。今でも「肌着やパンティストッキングといえばグンゼ」という人も多いと思うが、そのグンゼである。会社が興ったのは京都府何鹿郡(現綾部市)。何鹿郡の「郡」と、方針を意味する「是」が社名の由来で、グンゼは今でも登記上の本社を綾部市に置き、地域とともに歩みを進めている。

波多野鶴吉が綾部で創業

波多野鶴吉が綾部で創業
創業まもないころの本工場(グンゼ提供)

 創業者の波多野鶴吉は1858(安政5)年、何鹿郡の大庄屋・羽室家の次男に生まれた。8歳で波多野家に養子として入り、学生時代には京都で学問の道を志して事業も興したが、ことごとく失敗。失意のうちに古里へ戻って教員として働いた。そんな時、貧しい教え子たちを目の当たりにして養蚕による地域振興の道を志し、高等養蚕伝習所(現綾部高校)の創立などを経て1896(明治29)年に郡是製絲を設立した。

「郡」の「是」を地域で盛り立て

「郡」の「是」を地域で盛り立て
現在はグンゼ記念館となっているかつての本社事務所

 1897(同30)年4月の第1期営業報告書によると、当初の株主は721人(計4900株)。特徴的なのは株主のうち265人が1株株主で、2~4株株主が241人、5~9株株主が111人。100株以上を持つのはわずかに7人で、実に8割超が10株以下の株主だったこと。1株や2株を持つ株主は地元の養蚕農家が多く、血のにじむような思いで出した出資金だった。ここにも「郡是」を地域挙げて盛り立てようとする思いがあらわれている。

事業は人なり、善い人が良い糸をつくる

事業は人なり、善い人が良い糸をつくる
創業者・波多野鶴吉翁の遺品の数々

 鶴吉翁は、雇用した農家の子女の教育を重視。教育者の川合信水を招へいして教育部をつくり、人間尊重の精神に基づいた教育が社長以下、全社員に実施された。教育は事業の手段ではなく、従業員を愛し、一生幸福であることを願って教え、導くことが大切であるとし、「事業は人なり、善い人が良い糸をつくる」の信念が貫かれた。近年、「持続可能な開発目標(SDGs)」が取り上げられるが、グンゼは明治期にそのさきがけとなる取り組みを実践していたとも言える。

貞明皇后の行啓も

貞明皇后の行啓も
貞明皇后行啓時の御座所はグンゼ記念館にそのまま保存されている

 「至誠」をモットーにした鶴吉翁の経営姿勢に感銘を受けた安田銀行(現みずほフィナンシャルグループ)創始者の安田善次郎は経営資金を引き受けることを約束。更に、郡是の品質にほれ込んだアメリカの有力織物業者・スキンナー商会が生糸を一手に買い受けるなど、周囲にも支えられて郡是は着実に発展していった。
 1917(大正6)年には創業21年目で初の本社事務所が建設され、完成直後に貞明皇后(大正天皇の后)の行啓があった。この建物は1950(昭和25)年にグンゼ記念館として整備され、現在も一般に公開されている(盆と年末年始を除く毎週金曜の午前10時~午後3時、入館無料)。同社の創業からの歩みや鶴吉翁を始めとする会社設立に貢献のあった人の遺品、「人間尊重」の理念のもとで取り組んできた教育の経緯、蚕糸技術の変遷など、創業当初からの様子を知ることのできる様々な歴史資料を展示している。

主力の肌着や靴下からプラスチック、メディカルなどへ

主力の肌着や靴下からプラスチック、メディカルなどへ
様々な機能を持った包装フィルムを供給している

 第二次大戦後は、蚕糸業の縮小に伴って主力事業をメリヤス肌着やナイロン製靴下の生産に転換し、1967(昭和42)年に社名を「グンゼ株式会社」に変更。やがてパンティストッキングの包装用パッケージの自社生産に端を発したプラスチック事業を拡大していき、現在は様々な食品やボトル製品の包装フィルムに使用されている。
 更にそれらの技術はフッ素樹脂によるOA機器の部材、透明導電性フィルムによるタッチパネル、生体吸収性ポリマーによる医療器材、新しい時代の蓄電池である全樹脂電池にまで展開。うち、医療分野であるメディカル事業部は綾部市にあり、人工皮膚や縫合糸の生産拠点ともなっている。

繭蔵を博物苑にリニューアル

 グンゼ記念館と並び、これらグンゼの歩みが分かる施設が本社隣接地の「あやべグンゼスクエア」内にあるグンゼ博物苑。元々は繭の保管倉庫だった蔵を創業100周年の記念事業としてリニューアルした施設で、創業120周年でも再リニューアルして「創業蔵」「現代蔵」「未来蔵」「今昔蔵」「集蔵」、更に綾部本社敷地内にあった社長社宅の一部を移築した「道光庵」の6施設が整備されている。特に3つの展示蔵である「創業蔵」「現代蔵」「未来蔵」では、それぞれの時代ごとのグンゼを知ることができる。開館時間は午前10時から午後3時までで、火曜休館。入場無料。

所有の浮世絵を常設展示

所有の浮世絵を常設展示
喜多川歌麿の「婦人手業操鏡」

 美術作品展示に適した専用スペースとして2021年に改装した「未来蔵」2階では、グンゼが所有する浮世絵の複製画が常設展示されている。江戸時代から明治期にかけての著名な浮世絵師たちが養蚕や蚕糸に関して描いた約150セット(約230枚)を所有するグンゼでは、常設展に加えて今後は年に数回程度、実物を展示する特別展も計画している。次回は2022年3月25日からの予定。

綾部の観光拠点の一つに

綾部の観光拠点の一つに
博物苑に隣接する「綾部バラ園」では春と秋の年2回、「バラまつり」が開かれる

 このほか、「あやべグンゼスクエア」内には綾部市内の特産品を集めた「あやべ特産館」や、地元のボランティアらで維持管理され約120種類、1200本のバラが植栽されている「綾部バラ園」もあり、綾部市の観光拠点の一つにもなっている。
 クンゼ記念館やグンゼ博物苑に関する問い合わせは、月~金曜がグンゼ綾部本社(電話0773・42・3181)、土・日曜と祝日は同博物苑(電話0773・43・1050)へ。

クンゼ記念館やグンゼ博物苑

クンゼ記念館やグンゼ博物苑

NHKの連続テレビ小説誘致活動も

 一方、波乱万丈な鶴吉翁の生涯と鶴吉翁を陰で支えた妻・はな(葉那)の人間愛、夫婦愛、郷土愛に満ちた人生を取り上げてもらおうと活動を続けているのが綾部市長を会長とする「NHK朝の連続テレビ小説誘致推進協議会」(事務局=綾部商工会議所、綾部市定住交流部観光交流課)。
 NHKへの要望活動を始め、署名活動にも積極的に取り組んでおり、同協議会では「創業者夫婦の生涯を広く紹介することは、経済至上主義や個人主義が主流となった現代社会に大きな一石を投じることになるでしょう」と、広く支援と協力を呼びかけている。

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