命が循環する環境を作る 独自の農法で挑む「やさいや 土の子」の物語 〜幸をつくる人々vol.4〜

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命が循環する環境を作る 独自の農法で挑む「やさいや 土の子」の物語 〜幸をつくる人々vol.4〜

 舟屋で知られる京都府伊根町。海のイメージが強い町だが、北部には米や京野菜などが栽培され農業が盛んな地域も広がる。そこに農薬や肥料、堆肥も使わず野菜を育てる農家がいる。「やさいや 土の子」の藤原明生さん(40)だ。
 長い時間をかけてたどり着いた循環する農業。その独特な農業の形はどのようにして生まれ、何をめざしているのか。藤原さんと畑の物語を紹介したい

当たり前だった家業とやりたい仕事

 実家は伊根の養鶏場。物心ついた頃から身近に農業があった。家業の手伝いは楽しくはなかったが、なんとなく自分も将来農業をするのだろうとぼんやりと考えていた。高校は三重県の農業高校へ進学。農業以外の進路も考えていたが、「実家も農家だし後々役に立つだろう」という理由だった。
 しかし、そこで藤原さんの考え方を変える出来事があった。

 ある日、授業で実家の養鶏場が取り上げられたのだ。当時としては珍しく、鶏の体調に配慮して自家配合の飼料を与えていたり、鶏糞や廃鶏(採卵期間を終えた鶏)を無駄にしないよう販売していたりと先進的な取り組みを行っていた。「捨てるものは何もない」という父の思いがよく表れたものだった。

 実家の取り組みが授業で紹介され、評価された。当たり前だと思っていた家業が学校で評価されたことが嬉しく、これをきっかけに父の仕事を尊敬するようになったそうだ。
 そして、高校で教えられていた土づくりを大切にした有機農業に心惹かれたことも相まって、高校を卒業する頃には、ぼんやりとした将来だった農業は、やりたい職業に変わっていた。

作りたい味との出会い

作りたい味との出会い

 高校卒業後は、農業の知識や技術をより得るためそのまま高校で助手として働き、農作物の世話や生徒たちの実習の手伝いなどをとおして、農業に対する理解を深めた。

 その後、同じ恩師に学んだ先輩農家の元で手伝いをすることとなり、そこでの経験が藤原さんの農業の方向性を決定づけることとなった。
 その農法は、市販の肥料や堆肥などは使わず、刈り取った雑草を畑の養分にして野菜を育てるというものだった。人間の都合に合わせるのではなく、野菜が育ちたいように育てるような農法。その畑で食べた野菜は、藤原さんいわく「すっと入ってくる味」だったそうだ。その味に憧れ、自分もそんな野菜が作りたいと思った。

多様性と共存

 そんな思いを胸に、2008年伊根町に戻り「やさいや 土の子」として農業を始めた。
地域の産業である水菜の栽培から始め、野菜の種類を増やしながら少しずつ土壌を改善し、肥料を加えなくとも野菜が育つ土づくりをめざした。
 なかなか思ったようには進まず、水害などの被害にも遭いながら、やっと形になり始めたのは、ここ2、3年のことだという。農薬や肥料に頼らない、野菜本来の力で育てる農法。そのスタイルを藤原さんは「持ち込まない農業」や「生物循環農法」と呼んでいる。

 コンセプトは「多様性と共存」。
 例えば、藤原さんの畑では草刈りも必要以上に行わない。野菜の背丈より雑草が高くならない程度に刈るにとどめている。雑草が少なくなることで畑のバランスが失われるからだ。雑草をある程度残すことで、虫の住処を雑草に分散させたり、吸水力を確保し湿度を保ったりという効果があるだという。そして虫や小動物、微生物の糞や死骸、刈った雑草などが積み重なり、豊かな土ができていく。その土の状態をなるべく崩さないように、機械での耕うんもほとんどしないそうだ。

 もちろん全く何も持ち込まないわけではない。
新しい野菜の栽培を始めたり、ヤギなど動物も飼い始めたりもしている。
 ただそれは少しずつ。

 新しいものを少しずつ畑の環境に取り入れ、それも含めた新たな生態系ができることをめざしている。

 「例えば、野菜の色が濃い方が美味しそうに見えてお客さんに買ってもらえるから、肥料をちょっと多めにしたとする。でも肥料を過剰に与えると今度は野菜に虫がつきやすくなって、農薬が必要になってくる。それは経済に忠実なのであって、野菜に対して忠実ではないなと思う。野菜には本来、種を残そうとする生命力がある。それを引き出せるような環境を作っていきたい」

 地道な取り組みが実を結び、今ではめざしてきた「すっと入ってくる味」の野菜になってきたそうだ。

生産性とのバランス

 一方で、生産性について無頓着なわけではない。業(ぎょう)として営むならば、家族が暮らせるほどの出荷量は確保しなければならないとも考えているそうだ。多様で循環する環境を維持しながら、生産性を確保するのは非常に難しいという。

 試行錯誤する中、可能性を感じたのはフラワーガーデンのような畑。多くの種類の野菜を少しずつ栽培し、種類ごとに毎年栽培する場所を変えていく。そうすることで生産性もある程度確保でき、見た目にも楽しい。中には雑種のような植物も生えてくることがあるが、その土地の生態系が生んだものであるということで大切にしているそうだ。

 「やさいや 土の子」の畑がめざすイメージは「森」だという。畑で何かする時はいつも森から学んでいる。森は外から何も足さなくても、命が循環している。まさに藤原さんが理想とする環境だ。

 「理想とする森のような畑が100%だとすると、今の畑は30%ぐらい」
 さらに森に近づけるため、次の手をいろいろと考えているとのこと。

平和のかたち

平和のかたち

 最後に藤原さんの夢を紹介したい。それは「世界平和」。
 壮大な夢で、農業とは関係ないように感じるかもしれないが、藤原さんの地道な取り組みはその夢にもつながっている。

 「みんなが自分の住む土地で、その土地の資源を循環させながら暮らしていくことができたら、世界は平和に近づくと思うんだよね。だってそうなったら、外から奪ってくる必要がなくなるから」

 争いのない循環型の社会。藤原さんは農業でそれを実践している。その意味で、今取り組んでいる農法は夢の第一歩ともいえるのだろう。

 「やさいや 土の子」の庭のような、森のような畑は、平和の一つのかたちを私たちに見せてくれているのかもしれない。

   

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