黒谷和紙のてしごと

「黒谷和紙 工芸の里』漉きあがった和紙を椿の葉で撫で付ける作業

伝統的古法の手すき和紙を伝える

綾部市と舞鶴市の境、黒谷川沿いに黒谷集落はある。約800年前、源平の乱に敗れた平家落人が、黒谷に身を潜め、近隣に自生していた楮(こうぞ)を使って紙を作ったことが始まりとされている。黒谷川の冷たく清い豊富な水源は、和紙作りに適していた。村のほとんどの住人が、紙作りに携わり、現存する最古の紙として安土桃山時代のものが残る。主に、障子、から傘用など生活に密着した紙を作っていたが、江戸時代なると、この地を治めた山家藩が庇護したため、手すき和紙の産地として発展を遂げた。明治には、近隣の養蚕業の発展に伴い、繭袋や呉服関連のたとう紙、値札紙などが多く作られるようになった。

農家の産業四木と言われた桑、楮、漆、茶は、戦後の生活様式の変化などで、また手しごとから機械への転換もあり、徐々に衰退していった。その中にあって、黒谷は伝統的手法を守り続け、昔ながらの手すき和紙を伝える秘境として、モノづくりを続けている。

古法に基づいて作られる黒谷和紙は、美しく頑丈だが、冬場の冷たい水で中の作業は、かなり過酷だ。その厳しい環境の中で作られるからこそ、何よりも美しく凛とした存在感を放つといっても過言ではない。だが、つくり手の志望者は少なく、黒谷の集落で和紙に携わる職人は9人しかいないという。

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京都府の無形文化財に指定される黒谷和紙。その技術の発展と普及のため、閉校した口上林小学校を利用し作られたのが「黒谷和紙 工芸の里」だ。ここでは、和紙の歴史や昔ながらの紙漉き道具、また実際に、ハガキ紙漉き体験ができる。1.2.漉き船に水、紙素、サナ(トロロアオイから出る粘液)を入れ簀桁(すげた)で漉いていく。直角に簀桁(すげた)を入れ、ふるいをかけるように揺らして、繊維を絡ませていく。これを数回行うが、大きい紙を漉く時は、腕力もいり重労働だ。紙を漉くのは黒谷和紙協同組合の林伸次さん。3.漉いた和紙は、重ねられプレスして余分な水を絞る。この後、天日干しを行う。⒋綾部市内の小学6年生は、ここで自らの手で卒業証書用の和紙を漉くといプログラムがあるそう!この日、行われていた作業は、その卒業証書。生乾きのものを一枚ずつ板に貼り付け、椿の葉で丁寧に撫で付ける。これは昔から集落に伝わる技法で、この一手間が、美しいツヤと優しい手触りを生む。以後、他の産地でも真似されるようになったという。5.綾部ICから車で約15分。趣ある小学校の校舎を利用した「黒谷和紙 工芸の里」。

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6.黒谷の集落には、今も紙漉きの共同作業場がある。紙を漉く道具がすべて揃っていて、職人たちはここにきて作業を行う。7.8.楮は表皮と傷を削りとって白皮にして保管する。12月に収穫、皮を取りやすくするために蒸し、皮をはぎ乾燥してから和紙の原料として出荷される。その後、数工程を経て、ようやく紙漉きが行われる。

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9.100年前からある黒谷工業組合作業場での作業。清流の黒谷川から引かれた水を入れた水槽に、柔らかく煮た楮を入れて、何度も水洗いして、小さなゴミを取り除く。これを丁寧に行うと、見た目の美しさが格段に違う。地味で辛い作業…だが、美しい和紙作りには欠かせない。

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10.煮て柔らかくした楮を、石臼で叩いて潰し、繊維をほぐす紙たたき。水路から水が引かれ、水力で動く。100年まえのものだが現在は使われていない。11.楮みだし。水洗いの作業。12.水洗い後の楮。この後、紙たたきの工程に入る。13.完成した黒谷和紙の商品。はがきや便箋など、小物類が得意。14.楮をたたいてほぐしたもの。