穏やかな伊根湾に面して建つ「舟屋」のまち、京都府伊根町。風光明媚な漁村の原風景が国内外の観光客から人気を集めているが、一般的な小豆の倍の大きさで日本最大の〝幻の小豆〟の生産地であることはご存じだろうか。とある集落でしか生産されていない希少なブランド小豆「薦池(こもいけ)大納言」。その歴史と秘密に迫ってみた。
日本最大の〝幻の小豆〟 伊根の「薦池大納言」に迫る
山と生きる
薦池村のみで大きく育つ
その小豆は伊根町の北部、京丹後市との境界付近に位置する標高250㍍の「薦池村」のみで栽培されている。明治後期には農業を生業とする17軒50人が暮らしていたが、1961(昭和36)年の豪雪を境に、離村が進んでいる。
小豆の起源は約70年前、昭和20年代の終わりにまで遡る。薦池村の住民が隣の旧丹後町(現京丹後市)で催された祭りに招かれ、地元で栽培されていた大粒小豆の種子を一握りだけもらった。
住民が持ち帰って薦池村の畑に植えると、更に一回り大きく育った。最大の特徴でもあるその長さは約1㌢。一般的な大納言小豆は100粒で重さ24~26㌘であるのに対し、薦池の小豆は36~38㌘もある。形状は細長かつ俵型。莢(さや)は18㌢に及ぶものもあり、鉛筆よりも長い。
炊き上げることで小豆の大きさは2~3倍になり、赤飯などでは米の大きさと比べて驚かれることが多いという。大きさもさることながら、煮崩れしにくく、口いっぱいに広がる香りの高さと素朴な風味が評判となり、住民がこぞって作るようになった。当時はまだ「薦池の大きな小豆」などの名で売り出していた。
最盛期は昭和50年代で、年間の収穫量は約3㌧に上ったという。地元の菓子店にとどまらず、京都市内の老舗和菓子店などにも出荷されて京菓子の材料として重宝されていた。
高齢化などで生産量激減
しかし、不思議なことに薦池村以外で植えると、連作ができなかった。
村以外の畑に植え続けると、年を追うごとに粒が小さくなり、数年後には一般的な小豆と同じ大きさになった。ところが、その小粒な小豆を薦池村に植えるとまた大きく成長する。薦池の土や気候によるところが大きいと考えられているが、大学の研究チームが調べても解明には至っていない。
町内全域での連作が不可能なことに加え、栽培に手間がかり、採れる量も少ないことから農家が減り、収穫量は年々落ち込んでいった。
7月に種をまき、11月に収穫する。獣害対策を始め、メイガなどの害虫による食害対策では育つまでに3回以上の消毒を要する。また収穫期が米と同じで、いずれも手作業のため人手が足りない。
多くの住民が村を離れて高齢化も進んだ結果、2010年に入ると薦池で小豆を作る農家は1人だけになり、生産量が激減した。
生産量復活へ団体立ち上がる
2012年、危機的状況にあった薦池の小豆を復活させようと、生産者団体「KOMOIKEあずきの会」が設立される。「特異な小豆。生産振興を進めて村おこしに使えないか」。会を結成した松山義宗さんは、当時を振り返る。
有志8人が集まった。生産拡大に向け、まずは「薦池大納言」と名付けて商標登録し、栽培方法の均一化などを進めた。
販路拡大では全国の町村が一堂に集まり東京国際フォーラムで特産品を売り込むイベントに出展。「世界一大きい小豆」の触れ込みで都市部の百貨店にも売り込み、新聞やテレビ番組などのメディアにも取り上げられるようになった。
加工品開発に力
そして力を入れたのは加工品の開発。2014年には神戸の洋菓子店と薦池大納言を使った洋菓子を開発。バターが香るクロワッサン生地であんを包んだシンプルな菓子で伊根の新しい土産品となった。
近年ではレトルトぜんざい(2人分)を商品化。価格は税込み1300円程度で町内の観光案内所、遊覧船乗り場などで販売している。遊覧船乗り場では薦池大納言をトッピングしたソフトクリームを提供。催事で売り出すあんぱんも評判の品だ。
京都市のチーズケーキ専門店も
こうした取り組みに〝京〟の有名チーズケーキ店が反応。今年3月、地域活性化の一助にと京都市右京区の「ソラアオ」は薦池大納言を買い取り、PRするためにクラウドファンディング(CF)による応援購入サイトで薦池大納言チーズケーキの販売を始めた。応援購入は4月9日まで。リターン品はケーキのほか、伊根町での農業体験も用意した。
次の世代に伝えたい
販路拡大とブランド化の取り組みで現在、薦池大納言は1㌔当たり8千円の高値で売れるようになった。多くは個人の〝ファン〟で都市部から買い求める人もいる。そしてKOMOIKEあずきの会は法人化され、農業用ドローンを導入するなどして省力化を図っているが、人手不足などの課題は残ったままだ。
生産者の上山初美さんは「子や孫を村に連れいき、手伝ってもらっている。できれば栽培を引き継いでもらい、次の世代に伝えていきたい」と話す。光野育子さんは「作り上げた加工品がたくさん売れるとうれしい。歳をとってきたが、皆であれこれ試行錯誤している時間が楽しく、これからも続けたい」と目を細める。
念願の加工場が完成、レストランも構想に
松山さんは、農家が少しでも潤うように今後も加工品の開発に力を注ぐという。伊根町本庄には念願の加工場が完成。薦池大納言に限らず、町内の生産農家が自慢の農産物などを持ち込み、付加価値のある加工品を開発する場所にしていきたいという。
完成した加工品を販売し、更に料理に仕上げて提供するレストランの建設も構想にある。伊根で生まれた幻の小豆は今、大きなうねりを生み出そうとしている。