日本の難所 経ヶ岬にe-Bikeで挑む

旅とトレイル

日本の難所 経ヶ岬にe-Bikeで挑む

急坂にさしかかる。足に力を入れてペダルを踏み込むと、体がグンッと前に進んだ。こぐたびにぐいぐい加速する。横を走る軽トラの運転席から、おっちゃんが二度見して言った。「兄ちゃん、自転車やのにえらい速いなあ」

競輪選手でも山道を攻めるサイクリストでもない。なのに坂道を軽々と登っていけるのは、自転車に〝魔法の仕掛け〟がついているからだ。フレームにある細長い箱は電動機。ペダルをこぐとモーターが回り、足の動力を3倍にしてくれるのだ。自転車を超えた「e-Bike」。スーパー自転車と言っていいだろう。

坂道で加速 新時代の乗り心地

坂道で加速 新時代の乗り心地
伊根町新井の田んぼを望む

日本では幼児も一緒に乗れるママチャリタイプが普及しているが、欧州ではこうしたスポーツタイプが主流なのだ。70歳のお年寄りでも、片足が不自由な人でも大丈夫。観光地では車や公共交通に次ぐ新時代の乗り物として人気を集め、世界中でブームになりつつある。

そんな自転車が丹後半島を走り始めたのは2019年の春だ。良心的な値段設定でもあり、利用者がぐいぐい伸びている。

人気の理由は、e-Bikeの性能を存分に発揮できるフィールドが広がっているところにもある。京都府の北端。日本三景・天橋立を代表する内海はいつも穏やかな表情を見せる一方、丹後半島は若狭湾の西の端。経ケ岬の一帯には圧倒的な大海原が広がり、見渡す限りの水平線が緩やかな弧を描く。地球が丸いことを知るのにはもってこいの場所だ。

最大の難所 屈指の名所に

最大の難所 屈指の名所に

なぜ経ケ岬と呼ぶのか。周りの海は潮の流れが複雑で暗礁も多く、風の力で航海した時代には難破する船が後を絶たなかった。人々はここで命を落とした人たちに手を合わせ、舟の上で念仏を唱えながら海を渡ったという。

昭和に入って自動車が普及すると丹後半島を一周する道路の整備が進んだ。伊根町の蒲入から経ケ岬までは「鷹の巣」と呼ばれる最大の難所だったが、京都府は多額の予算を投じてがけを削って道を開き、ついに1962年に難所を越える陸路を開通させた。その後も大雨による土砂崩れのたびに道路が改良され、現在は青く澄んだ日本海を一望できるドライビングコースとして知られるようになった。

ここをe-Bikeの聖地にしよう

ここをe-Bikeの聖地にしよう
増田さん(左)と八隅さん。地域と交流できるコースを考えている

ここをe-Bikeの聖地にしようと乗り出したのが、地域おこし協力隊の増田一樹さん(伊根町)と八隅孝治さん(京丹後市)。幾度となく連続する坂道をパワフルに乗り越え、坂道を上り詰めた先にはエメラルドグリーンの海が広がる。息をのむような透明度。時折ペダルをこぐのを止めて、ありえないほど美しい景色の中に浸る。そんな心地よさを伝えようとしている。

その昔、水平線のかなたからは朝鮮半島の人々が海流に乗ってやってきた。稲作をはじめ、酒造りや機織りの技をもたらしたのも渡来人。火山活動によって起伏に富んだ地形が生まれ、美しい海は多種多様な魚が捕れる。丹後の各地に浦島太郎の伝説があるのは、大陸から来た人々がここを「竜宮城」だと表現したからだ。川の流域には森の養分が蓄積されているからよく肥えていて、丹後のコシヒカリは品評会で幾度となく最高賞を受賞している。とびきりのフルーツもいっぱい。旬の味覚を味わいながら、e-Bikeの旅は続いていく。

伊根町蒲入で漁港めしをたらふく食べて、さあ出発。碧い海と棚田を見下ろしながらしばらく進むと、日本海岸のカマヤ海岸道路にさしかかった。断崖絶壁の岩盤からくねくね道を削り出したようだ。道路のかなたに経ケ岬が見える。

「さあ、ここからが本番。行きましょう」。ガイドを務める増田さんが先導する。崖の下をくぐり抜けるようなトンネルに入ると、ひんやりした風が心地よい。トンネルを出ると野生のサルが数匹、道路脇に寝転んでいた。見たことのない模様のアゲハチョウも横切っていく。経ケ岬周辺の断崖ではハヤブサも営巣している。まさに大自然の懐に抱かれながら、私は風になって駆け抜ける。

そしてフィニッシュは夕日ヶ浦。振り返れば半日で55㌔もの海岸道路を走破していた。歴史的な難所を自分の足で踏み越えた達成感に浸っていると、日没を迎えた。オレンジ色の大きな太陽が音もなく水平線に沈んでいく。

打ち寄せる波の音しか聞こえない。

この時間は大昔から変わっていないのだろう。茜色の光を浴びていると、熱いものがこみ上げてきた。

「こうして湧き出る感情を大切にして生きていきたい」と話す増田さんは東京出身。丹後の日常にある特別な世界を、訪れる人たちに伝えたいと願っている。京都市から移住した八隅さんも「ここには、僕が育った日常とは違う時間が流れている。あなたの大切な人と、本当の幸せって何かを探しにきてほしい」と話す。

素の自分に気づく時間を

素の自分に気づく時間を

マンションと地下鉄と会社を往復する日常が新型ウイルスによってリセットされた。我に返って、これからの生き方に思いを巡らせている人も多いはずだ。

忙しい日常から離れ、何もない大自然の中で、ちっぽけな自分に戻れる旅が、ここにある。

大切な人と美しさに共感し、疲れた体を素直に感じ、やりきった達成感に満たされながら、温泉とおいしい魚に心と体を癒やしてもらうーー。京都の海で、そんな時間をすごしませんか?

素の自分を、見つけに来てください。

「e-Bikeの聖地、海の京都」密を避けてスローな旅を

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