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ユネスコ世界記憶遺産(舞鶴引揚記念館収蔵資料) ~忘れないでほしいあの日の日本~

昭和20年(1945) 第二次世界大戦が終結し、旧満洲(現・中国東北部)や朝鮮半島をはじめ南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されました。これらの方々を速やかに日本へ帰国させなければならなくなり、“引き揚げ”が開始されました。呉をはじめ順次18港の引揚港が全国につぎつぎと設置され、舞鶴もその役割を担うこととなり、主に旧満洲や朝鮮半島、シベリアからの引揚者・復員兵を迎え入れる港となりました。
舞鶴では昭和20年(1945)10月7日に最初の引揚船“雲仙丸”が入港してから昭和33年9月7日の最終引揚船“白山丸”の入港まで国内で唯一13年間にわたり約66万人もの引揚者・復員兵を迎え入れました。

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◆開催日時:令和2年10月10日(土) 13時30分~16時(受付は13時~)
◆開催会場:舞鶴市総合文化会館大ホール (定員1410人)
◆主  催:舞鶴市

平成27年10月10日に舞鶴市が所蔵する引き揚げ関連資料「舞鶴への生還 1945-1956シベリア抑留等日本人の引き揚げの記録」がユネスコ世界記憶遺産に登録されてから今年で5周年を迎えるのを記念して開催いたします。
本フォーラムでは、改めて登録の意義を振り返り世界記憶遺産への理解を深めるとともに、「若い世代が考える国際平和」をテーマにしたディスカッションでは、中高校生の語り部やウズベキスタンとの交流を続ける学生などが参加し、引き揚げの歴史を通して、平和や命の尊さ、人と人の結びつきの大切さなどをともに考える機会といたします。
ユネスコ世界記憶遺産登録5周年記念 「平和未来フォーラム」詳細はこちら

 

海外にいた約660万人の日本人の引き揚げは、昭和20年(1945年)9月、米軍管区から開始されました。オーストラリア軍管区、イギリス軍管区、中国軍管区からの引き揚げも、昭和22年中にほぼ終了。ソ連軍管区からの引き揚げは、昭和21年12月から始まりましたが、容易には進展しませんでした。国内各地に引揚港が設けられましたが、昭和25年以降は舞鶴港が国内唯一の引揚港となり、昭和33年の終了までに、延べ346隻の引揚船と約66万人の引揚者を受け入れました。

舞鶴引揚記念館

舞鶴引揚記念館

舞鶴引揚記念館内はマスクの着用をお願いしております。(被写体の人物は舞鶴引揚記念館の許可を得てコロナウイルス感染拡大防止に十分注意し撮影時のみマスクを外して撮影しております)

舞鶴市は、第二次世界大戦の終結後、13年間にわたり、66万余の引揚者を温かく迎え入れた引き揚げのまちとして、昭和63年(1985)には舞鶴引揚記念館を開館しました。今日まで、シベリア抑留や引き揚げという戦争が引き起こした過酷な労苦の体験を後世に語り継ぎ、子供たちに平和の尊さを伝えてほしいとの願いで全国から寄せられた資料は1万2千点を超えています。

平成26年(2014)には、引揚者が戦後の新たな第1歩を踏みしめられた「戦後復興のふるさと舞鶴」の使命として、引き揚げの史実を継承し、平和の尊さを広く発信するため、本市が所蔵する引揚関係資料から526件570点をユネスコ世界記憶遺産へ申請し、まちぐるみで登録を目指して活動を展開しました。国際諮問委員会の審査を経て、平成27年(2015)10月10日午前2時(日本時間)に登録が決定されました。
今後も世界記憶遺産の登録にふさわしい資料の活用と保存に努め、資料に託された平和への切なる願いを世界に、そして未来に広く発信してまいります。
また現在では、一般のご来館をはじめ、小学校の平和教育や社会人研修の場にもなっています。

ユネスコ世界記憶遺産とは

世界記憶遺産は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の三大遺産事業(ほかには「世界遺産」「無形文化遺産」)の一つで、世界の重要な記憶遺産の保護と振興を目的に1992年から開始されました。
文書や書物、楽譜、絵画、映画などの記録資料が対象となります。主なものには、「アンネ・フランクの日記」「ベートーベンの手書きの楽譜」などがあり、国内では「山本作兵衛コレクション」や、「御堂関白記」、「慶長遣欧使節関係資料」が登録されています。平成27年10月10日に「舞鶴への生還」と「東寺百合文書」が登録されました。

国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)から届いた「ユネスコ世界記憶遺産」登録認定書。

世界記憶遺産に登録された570点を含む、1000点以上もの貴重な資料を展示

世界記憶遺産に登録された570点を含む、1000点以上もの貴重な資料を展示

館内には、シベリアの地で使用したコートなどの防寒着をはじめ「引揚證明書」などの文書類など全国から約1万6千点の貴重な資料の寄贈を受け、常設展示にて1000点を超える展示をおこなっております。(収蔵資料のうち570点がユネスコ世界記憶遺産に登録)

白樺日記/世界記憶遺産登録資料

シベリア抑留中に、紙の代わりに白樺の皮を使用し、空き缶を加工したペンで煤を水に溶かしてインクにして、日々の思いを和歌にしたためたもの。およそ200首もの和歌で構成され、家族や故郷への想いのほかに、抑留生活中のことが表現豊かに綴られています。たびたびあった収容所での所持品検査をはじめ出港地のナホトカや舞鶴での所持品検査をくぐり抜け奇跡的に没収を免れました。

世界記憶遺産に登録された570点を含む、1000点以上もの貴重な資料を展示

俘虜用郵便葉書/世界記憶遺産登録資料
俘虜用郵便葉書は往復葉書で、抑留された人々が日本で待つ家族と許された唯一の通信手段でした。抑留者と日本で待つ家族は一日も早く再会することを願いながら、その願いが叶わぬ不安な日々を送り、そうした中で終戦から約1年が経過した頃に、ソ連側から日本へ俘虜用郵便葉書を出すことが許されました。
しかし、ソ連側で検閲があったため葉書には、つらい労働やお腹を満たすことのない粗末な食糧事情、氷点下を下回る冬の厳しい寒さなど、苦しい生活を書くことは許されず、葉書に書く内容は大きく制限されました。

スケッチブック(安田 清一)
「作業場の焚火 炭鉱開発の頃 1946年」/世界記憶遺産登録資料
安田は昭和23年(1948)にソ連側からメーデーの様子を描くよう指示があり、その時に受け取った2冊のスケッチブックの内の1冊と絵具や筆を貰い受け、個人的に収容所の様子などを描きました。抑留中に労働の様子や収容所の様子を描いた記録画としては非常に稀有のものであり、ソ連による没収を免れ奇跡的に日本へ持ち帰ることができた貴重な資料です。

帰国直後に描かれた記録画(木内 信夫)/世界記憶遺産登録資料
木内の記録絵画には、過酷な抑留生活だけではなく、ドイツ人など他国の捕虜兵士やロシア人と一緒に歌を歌う交流の様子が描かれています。木内は帰国直後の記憶が鮮明なうちに抑留生活を絵画にして記録しており、帰国直後の記録画としては他に類がなく希少性の高い資料です。

その他、主な展示資料の紹介はこちら

舞鶴引揚記念館の素晴らしさの一つ「語り部」達の存在

舞鶴引揚記念館の素晴らしさの一つ「語り部」達の存在

舞鶴引揚記念館の素晴らしさの一つに、引き揚げの歴史を詳しく説明してくれる「語り部」さん達の存在があります。館内には背中に「語り部」と書いた白いジャンバーを着ている方々がおられますので、館内の展示物、引き揚げの歴史などについて詳しく知りたいお客様は見学時にお声掛けください(無料)。
取材時は特別に舞鶴引揚記念館の山下館長にご案内頂きました。当時の瞬間に引き込まれるような語りで、展示資料のエピソード等、詳しく丁寧にご説明いただきました。

舞鶴引揚記念館の素晴らしさの一つ「語り部」達の存在

抑留者には十分な食料が与えられず、スプーンなどの食器も自分たちで作らなければなりませんでした。わずかな黒パンやスープを仲間と分け合いましたが、日に日に痩せ細り、栄養失調に陥りました。こうした日常的な飢えと寒さにより、1年目の冬を越せずに亡くなる抑留者も多くいました。
館内には、当時シベリアでの抑留者が住まわされていた部屋が再現(抑留生活体験室)されており、いかに過酷な状況下で生活されていたかが体感できます。

10月7日は「舞鶴引き揚げの日」

舞鶴市は、第二次大戦後の満洲やシベリア抑留からの引揚者を迎えたまちとして、戦争の惨禍によって生じた抑留と引き揚げを後世へ伝え、平和のメッセージを世界へ発信するため、平成30年(2018)に10月7日を「舞鶴引き揚げの日」として条例制定しました。
【条例 制定の背景】
舞鶴引揚記念館では、昭和63年(1988)の開館以降、引揚体験者や舞鶴市民の皆さんと共に引き揚げとシベリア抑留の史実を継承するとともに、平和の尊さを国内外に発信する取り組みを進めてきました。
戦争を知る世代が少なくなる中、引き揚げやシベリア抑留の史実、また、博愛の精神をもって引揚者を迎え入れた舞鶴の歴史を未来へ継承するとともに、平和への意識を高めてさらなる取り組みを進めていくことが大切であると考え、舞鶴港に最初の引き揚げ船「雲仙丸」が入港した日 10月7日を「舞鶴引き揚げの日」と条例制定しました。

舞鶴引揚記念館のご案内

【所在地】京都府舞鶴市字平1584番地 引揚記念公園内
【お問合せ】0773-68-0836
【開館時間】9:00~17:00(入館は16:30まで)
【休館日】12月29日~1月1日、毎月第3木曜日(8月と祝日を除く)
【入館料】大人 400円/学生(小学生-大学生) 150円
※ただし、市内在住か在学の学生は無料
団体大人【20名以上】 300円/団体学生(小学生-大学生)【20名以上】 100円 
※ただし、市内在住か在学の学生は無料

舞鶴引揚記念館 公式サイト

舞鶴引揚記念館のご案内

復元された平引揚桟橋

復元された平引揚桟橋

「岸壁の母」の歌とともに引き揚げのまちとして知られる舞鶴。終戦以来、主に旧満洲や朝鮮半島、シベリアからの66万余人の引揚者と1万6千余柱の遺骨を迎え入れた終戦と平和の象徴的スポットです。その歴史を残そうと平成6年に復元されたのがこの平引揚桟橋(たいらひきあげさんばし)です。

こちらは岸壁で帰りを待つ女性と子供たちを撮影した当時の写真です。

引き揚げのまち、そして海軍ゆかりの歴史的なまち「舞鶴」を旅しよう

引き揚げのまち、そして海軍ゆかりの歴史的なまち「舞鶴」を旅しよう

眼前に広がる、青い海と青い空。リアス式海岸特有の起伏に富んだ美しい地形。
港湾都市として栄えているこのまちには、明治から昭和の初期にかけて官舎や倉庫などの海軍施設を中心にさまざまな赤れんが建造物がつくられました。
それから100年余りの時を経た今もなお、当時の建物が多く残され、赤と青のコントラストが美しい「絵に描きたいまち」として多くの人を魅了しています。色彩豊かな舞鶴のまちを、あなたも歩いてみませんか。
※写真に写っている「舞鶴クレインブリッジ」は現在当面の間、通行止めとなっております。

舞鶴赤れんがパーク

舞鶴赤れんがパーク

青い海が広がる舞鶴港ウォーターフロント(海軍舞鶴鎮守府一帯)。その一角を赤く染めあげ、美しいコントラストを見せる場所があります。それが「舞鶴赤れんがパーク」と呼ばれているエリアです。このエリアには、1901年(明治34)の舞鶴鎮守府開庁にあわせて多くの赤れんがづくりの海軍倉庫が集中して建てられ、今も12棟が残っています。この「舞鶴赤れんがパーク」以外にも、舞鶴東地区には官舎や造船所など、様々な海軍施設が点在しており、まるで明治時代にタイムスリップしたかのような、レトロでロマンティックなまちなみが続きます。

非公開の重要文化財施設がみれる「舞鶴赤れんがガイドツアー」

非公開の重要文化財施設がみれる「舞鶴赤れんがガイドツアー」

旧海軍の軍需品や水雷の保管庫として、明治35年頃に建てられた「赤れんが倉庫群」や軍港内の諸施設と艦艇用に大量の飲料水を確保するため建てられた「旧北吸浄水場」。
普段は入ることができない施設(重要文化財など)をガイド付きで見学できる特別なガイドツアーです。
開催/毎週 木、土、日、祝(年末年始を除く)
時間/10:30~12:15頃[10:20集合]
料金/2,000円(小学生以下無料)
事前予約が必要です。ご予約はこちらから

護衛艦に大接近!港めぐり遊覧船

護衛艦に大接近!港めぐり遊覧船

海軍ゆかりの港めぐり遊覧船は停泊中の様々な大きな船に接近して見れることも魅力の一つです。
舞鶴湾の心地よい潮風を感じながら、護衛艦や造船所など海軍にゆかりのあるスポットをのんびりめぐります。停泊しているイージス艦が見れるかもしれません。
※艦艇の停泊状況や出入港に関する情報は一切保持していませんのでご了承下さい。
乗船料金/大人 1,300円(税込)、3歳~12歳 700円(税込)、2歳以下 無賃
詳細とご予約はこちらから

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
「魚源・ととげん」(東舞鶴店)

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
「魚源・ととげん」(東舞鶴店)

魚市場の激戦区舞鶴。鮮魚販売店「丸富士食品」が営む和食の人気店、「魚源 西舞鶴店」の2号店として令和元年にオープンした。舞鶴港に面し、大きな窓一面に映る穏やかな海を眺めるロケーション。
その日一番の素材が厨房に届けられ、夏は岩ガキ、春夏はのどぐろ、冬はブリやカニなど、舞鶴の海の四季を感じられる料理が提供される。気軽な海鮮丼ぶり、お造り、寿司から、じっくり味わえるコースまでメニューも幅広い。舞鶴の魚を堪能したいとき頼れる店だ。
店舗情報はこちら

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
「魚源・ととげん」(東舞鶴店)

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
洋食レストラン 松栄館・しょうえいかん

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
洋食レストラン 松栄館・しょうえいかん

旧海軍のレシピ本「海軍割烹術参考書」に従い、その味を再現した洋食が食べられるレストラン。食文化の歴史や時代背景を研究した“ほんまもん”の味を体感できる。
明治37年創業、旧海軍御用達の旅館「松栄館」別館を利用した、建築美も見どころのひとつ。予約すれば、東郷平八郎が実際に利用した客間での食事が可能だ。
店舗情報はこちら

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
洋食レストラン 松栄館・しょうえいかん

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
卑弥呼・ひみこ

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
卑弥呼・ひみこ

暖簾をくぐってすぐ目の前に現れる、巨大な水槽がこの店のシンボルマークだ。注文が入ってから料理人が魚を網ですくいあげ、カウンターごしにライブ感あふれる調理がスタート。ついさっきまで日本海で泳いでいた魚たちは、舞鶴港から直送されたばかりのものだ。鮮度の良い地産の魚を提供したいという思いから、買い付けは仲買人を介さずに、毎朝料理人が港に出向き仕入れている。
店舗情報はこちら

舞鶴引揚記念館のある東舞鶴のお食事処
卑弥呼・ひみこ

歴史的町並み、美しい海岸線をライドする「e-Bikeレンタル」

歴史的町並み、美しい海岸線をライドする「e-Bikeレンタル」

令和2年10月1日(木)からe-Bike(ブリジストン社TB1e)レンタルが開始されます。スポーツタイプの電動アシストサイクルで舞鶴の海辺、町並みを快適に走行することができます!

◎受付場所/舞鶴赤れんがパーク 市政記念館(2号棟)1階総合受付
※身分証明書をお持ちください。
※安全のため、高齢者や小学生以下の方のご利用は、お断りすることがあります。
◎予約/電話のみで受付します 電話0773-66-1096
(受付時間 9:00~16:30 定休日:年末年始)
◎貸出時間/9:00~16:30(最終受付15:00)※原則、日をまたいでのご利用はできません。
◎利用料金/2,000円(保証金1,000円)※返却時間を過ぎた場合は、保証金の中から1,000円頂戴いたします。
e-Bikeの貸し出し場所

大浦半島 e-Bikeライド

大浦半島 e-Bikeライド

京都府舞鶴市と福井県大飯郡高浜町の一部にまたがっている大浦半島(一帯は「若狭湾国定公園」に指定)。写真の場所は舞鶴引揚記念館から近くの佐波賀地区。時間が緩やかに流れる大変のどかな海岸線で、魚釣りを楽しむ人々にも出会える。緩やかなカーブと平坦な道が特徴で初心者のサイクリストにお薦めのスポット。

牡蠣養殖でも有名な舞鶴湾。海上にはいたるところに牡蠣のイカダが設置されています。近くに牡蠣小屋もあって観光者に人気のスポットになっています。

この日はなんと南極観測船「しらせ」(長さ138m、幅28m、重量12650tの海上自衛隊所属の砕氷艦)が、10年ぶりに舞鶴に寄港していた時でした。「しらせ」を一目見ようと、高台や海岸線沿いにはカメラを持った大勢のファンがおられました。

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